⑤ 松木國俊「慰安婦訴訟~日韓関係を破壊する個人請求権復活の危険」
2021 年 1 月 8 日、ソウル中央地方裁判所は、韓国人元慰安婦ら 12 名が日本政府に対して損害賠償を求めた訴訟において、原告一人当たり 1 億ウォン(約 1,100 万円)の支払を命じる判決を下した。さらに 2023 年 11 月 23 日、ソウル高等裁判所は、元慰安婦や遺族計 16 人に対して元慰安婦一人当たり 2 億ウォン(約 2,200 万円)を支払うよう日本政府に命じている。
いずれの裁判でも日本政府は、国際慣習法の一つである「主権免除の原則」(国家は外国の裁判権から免除される)に基づいて、日本政府相手の裁判自体が成り立たないという立場を貫いており、当然控訴も上告もしていない。このため、これらの判決は韓国内において確定してしまった。原告勝訴が続いていることから、韓国内ではさらに多くの元慰安婦の遺族だという人々が名乗りを上げ、 日本政府相手の訴訟を起こそうとしている。
ソウル中央地方裁判所及びソウル高等裁判所の判決理由の骨子は次の 2 点である。
1. 日本政府は、戦時中に計画的かつ組織的に朝鮮の女性を強制連行して性奴隷とした。これは国際規範に反する「反人道的犯罪行為」であり、「主権免除」の対象ではない。
2.日本の不法な植民地支配下で被った民間人の損害賠償請求権は、政府間の交渉によって消滅させることはできない。従って 元慰安婦の賠償請求権は、日韓間で 1965 年に締結した「日韓請求権・ 経済協力協定」の適用対象に含まれない。
このうち一番目の理由については日本政府が朝鮮の女性を強制連行した事実がなかったことが、日本政府の資料からも明らかであり、過去二回行われたこの「日韓共同シンポジウム」でも完全に証明されている。従って「反人道的犯罪行為」がなかった以上、本件が主権免除にあたらないとする裁判所の主張には全く根拠がない。
二番目の元慰安婦の損害賠償請求権は「日韓請求権・経済協力協定」の適用対象ではないとする裁判所の主張はどうだろうか。
日韓間の請求権問題は 1965 年に「日韓基本条約」に付随して締結された「日韓請求権・経済協力協定」によって法的にも外交的にも「完全かつ最終的」に解決されている。
さらにこの協定の第二条第三項には、両者が放棄すべき請求権について「協定締結日以前に生じた事由に基づくものに関してはいかなる主張もできないものとする」とはっきり謳われている。慰安婦問題が仮にあったとしても、「日韓請求権・経済協力協定」の締結前のことであり、この協定によって決着済なのだ。
国家間の交渉事は、全てその国の政府に一任されているのが国際法上の定則であり、「国家間の合意は三権(司法、立法、行政)を超越して国家を拘束する」と「条約法に関するウィーン条約」という国際法にも明記されている。従って韓国裁判所が今になって日本政府に賠償命令を下したのは、国家間の協定を破る、司法の恐るべき越権行為であって、明らかに国際法に違反する不当な判決で ある。
「不当な植民地支配」を前提とする判決
以上、韓国裁判所の判決がいかに国際法を無視した独善的なものであるかを指摘してきたが、何より根本的に問題なのは、韓国裁判所が、日本統治は「不法な植民地支配」であったことを前提にして、「不法な支配によってもたらされた民間人の被害」への補償を求めていることだ。その論理が正当化されるならば、慰安婦問題や徴用工問題にとどまらず、日本統治時代に日本人が朝鮮半島で行ったあらゆることが請求権の対象となるはずだ。朝鮮総督府が徴収した税金も、日本企業が朝鮮半島で得た利益も全てが民間から「搾取」 したことになる。
統治期間中に日本から不利益を被ったことがあれば、何でも日本に請求すればよいことになる。無数に訴訟が提起され、日本政府や企業への賠償命令金額は天文学的数字となるだろう。
しかし、「日韓併合」は正式な国際条約によって二つの国が一つになったものであり、世界も認めている。「日本統治」は決して不法な植民地支配ではなかった。従って「日本の不法な植民地支配への償い」を要求する韓国裁判所の判決にはもともと無理があり、今後いくら裁判が起こされ、賠償命令が出ても、日本側は到底受け入れることは出来ないだろう。