ジョンズ・ホプキンズ大学のハル・ブランズ教授とタフツ大学のマイケル・ベックリー准教授によると、覇権国家を目指した新興大国は差し迫った衰退への危機感から、手遅れになる前に現状を打破しようと大胆な行動に出る傾向がある。両氏は2021年9月の米外交誌フォーリン・ポリシーの論文で、これが「ピークパワーの罠に向かいつつある中国の今」であるとする仮説を立てた。
かつての帝政ロシア、ドイツ帝国、そして大日本帝国に共通しているのは、急速な台頭と衰退への恐怖であり、栄光への道が妨げられると結論づけたときに悲劇が起こる。中国の矛先は、習主席が「武力行使を排除しない」と繰り返す台湾へ向かい、米国を中心とする同盟国が対中抑止に失敗すれば、その代償はロシアによるウクライナ侵略よりも大きくなる。
中国が「ピークパワーの罠」に陥る可能性がある以上、日本は防衛費をGDP比2%とする目標の下、反撃能力を確保することによって対中抑止を強化すべきであろう。歴史は、誤算や偶発が幾多の戦争を引き起こしてきたことを教えているからだ。(2023.01.23国家基本問題研究所「今週の直言」より転載)
産経新聞客員論説委員、国家基本問題研究所主任研究員。1948年、東京都生まれ。中央大学法学部卒、プリントン大学公共政策大学院Mid‐Career Fellow program修了。産経新聞入社後に政治部、経済部を経てワシントン特派員、外信部次長、ワシントン支局長、シンガポール支局長、特別記者・論説委員を歴任。2018年6月から現職。著書に『全体主義と闘った男 河合栄治郎』、『中国が支配する世界 パクス・シニカへの未来年表』など多数。