【読書亡羊】戦後80年目の夏に考えるべき「戦争」とは  カルロ・マサラ『もしロシアがウクライナに勝ったら』(早川書房)|梶原麻衣子

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その昔、読書にかまけて羊を逃がしたものがいるという。転じて「読書亡羊」は「重要なことを忘れて、他のことに夢中になること」を指す四字熟語になった。だが時に仕事を放り出してでも、読むべき本がある。元月刊『Hanada』編集部員のライター・梶原がお送りする時事書評!


2028年、ロシア侵攻開始

「一つおうかがいします。忌憚のない物言いをお許しいただけることと願いますが、あなた方は東欧の小さな、米国から見ればの話ですが、小さな街を解放するために、自国の領土において想像を絶する規模の被害が生じることを甘んじて受ける覚悟がおありなのでしょうか?」

このセリフは、今回ご紹介する本の中で、ロシアの外交官が、アメリカの国家安全保障担当大統領補佐官に述べたものである。

カルロ・マサラ著、鈴木ファーストアーベント理恵訳『もしロシアがウクライナに勝ったら』(早川書房)は、ロシアがウクライナに勝利した後の2028年、さらにロシアがバルト三国の一角であるエストニアに侵攻するというシナリオを示す一冊だ。

その時、NATOは、アメリカはどう動くのか。かなりリアリティのあるシミュレーションを提示している。

というのも、著者のマサラ氏はミュンヘン国防軍大学教授。専門とする国際政治の現状や各国の思惑、軍事情勢を踏まえたうえで、各国がどのように動き、その国の大統領や高官らがその時、何を言うかまでを緻密に描き出している。

冒頭で紹介した一言もそのうちのひとつだが、核保有国であるロシアからこのような脅しを突き付けられたとき、アメリカの大統領補佐官はどのように応じるのか。すでにエストニアの都市がロシアの手に墜ちている状況での、この脅しである。

「自国に被害が及ぶことを覚悟の上で、アメリカはエストニアに助け船を出すべく、ロシアに攻撃を行うだろうか」――その答えは本書をお読みいただきたいが、恐ろしいのはその結末が「背筋も凍る」ものでありながら、「極めてあり得る」ものでもあることだ。

もしロシアがウクライナに勝ったら

NATOが機能しない理由

ここで読者は次のような疑問を持つかもしれない。

「あれ? エストニアはウクライナと違ってNATOに加盟しているのだから、エストニアに対する攻撃にはほぼ自動的にNATOを挙げて応戦するのではないのか?」

確かにNATO加盟国が締結する北大西洋条約の第五条にはこうある。

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