背筋が凍りついた中国による『目に見えぬ侵略』|石平

背筋が凍りついた中国による『目に見えぬ侵略』|石平

『目に見えぬ侵略 中国のオーストラリア支配計画』(飛鳥新社刊)を読むのは、私にとっては近年に滅多にない、強烈な読書体験であった。


以上、本書から拾った中国の「目に見えぬ侵略」のほんの一部の実例である。軍事力こそ使わないものの、この恐ろしい「目に見えぬ侵略」の全体像については、本書にはこう書き記されている。

《われわれの学校や大学、職業団体やメディア、鉱山業から農業、観光業から戦略的資産である港や送電網、地方議会から連邦政府、そしてキャンベラの主要政党までが中国共産党の関係機関によって浸透され、その複雑な制御と影響のメカニズムによって誘導されている》  

つまりいまの豪州では、国と地方の政治、経済と産業、社会のインフラと人々のライフライン、そしてメディアと教育という、およそ一つの国を形成している骨格部分のほとんどが、中国共産党の浸透工作によって侵食されていて、中国共産党の影響力を及ぼす範囲内になっているのである。  

まさに、中共による豪州乗っ取り工作であり、「目に見えぬ侵略」そのものであろう。一つの国が、外国勢力によって丸ごと乗っ取られようとしている。

怪しげな中国人大富豪の侵蝕

問題は、中共は一体どうやって、軍事力も使わず、オーストラリアというれっきとした独立国家を乗っ取ることができたのか、だ。  

本書によって暴露された中国共産党の国盗みの巧妙な手法のうち、常套手段の一つは金にものを言わせることだ。  

たとえば、豪州における怪しげな中国人大富豪、黄向墨の「大活躍」はその実例の一つ。  

2000年代に豪州に移民してきた広東省出身の中国人大富豪、黄向墨は、来豪してから4~5年のうち、オーストラリア政界の上層部との幅広い関係を築き上げた。彼のオフィスには、近年のすべてのオーストリア首相と談笑する写真が飾ってあり、当時の首相のケビン・ラッドとも親しく会談したという。  

一外国人の彼が、短期間にオーストラリアの政界にそれほど深く食い込めた理由は、金の力以外にない。彼と彼の会社はオーストラリアの二大政党、労働党と自由党の両方に巨額な政治献金を行い、この国の政党の最大の献金者となった。  

一方、黄向墨は高い報酬でオーストラリアの元大物政治家を雇っていく。2014年には上院議員の一人を自分の会社の現地法人の副社長として雇い、15年にはニューサウスウェールズ州の元副知事で国民党の元党首までをも自分の雇員にした。  

そして黄向墨はこうした政界のコネを使って、中国政府のためのロビー活動に励んだ。2014年4月、中国・オーストラリア自由貿易協定についての両国間交渉が行われた時、黄向墨はオーストラリア側の交渉責任者である貿易大臣のアンドリュー・ロブ氏を香港にまで誘い出して、中国関係者との会合を開いた。  

そこで黄向墨は、両国間貿易協定交渉の懸案事項である中国人労働者の受け入れ問題について、中国政府の意向を受けて「受け入れるべき」と主張して参加者を誘導した。その結果、「中国人労働者をオーストラリアは積極的に受け入れるべき」との報告書が出されたのだ。  

同時に、黄向墨はロブ貿易大臣の選挙区の労働党支部や、ロブ個人の選挙ファンドに多額な献金を行った。

元外相が中国の下僕となり中国のめに働く

このようにして、一人の外国人商人が相手国の担当政治家を金の力で動かし、オーストラリア政府は中国との貿易協定の締結において、自国の国益ではなく、中国の国益を最大化してしまう異常事態になった。もはや豪州政府は、中国政府と中国商人によって乗っ取られたと言っても決して過言ではない。  

中国政府と黄向墨の手のひらで転がされている政治家は、アンドリュー・ロブだけではない。労働党の元外相のボブ・カーもその一人。  

2014年、黄向墨はシドニー工科大学に180万ドルを寄付し、「豪中関係研究所」を創立したが、黄の意向によって、その初代所長に任命されたのはこのボブ・カーだった。  

以来、ボブ・カーは中国政府と黄向墨の下僕となったかの如く、渾身の力で中国の国益のために働いた。  

研究所が創立された2014年5月は、前述の豪中自由貿易協定交渉が行われている最中だった。ロブ所長の研究所は金主、黄向墨の意向を受けて、研究報告をまとめて発表。報告書の内容は案の定、中国人労働者の受け入れを協定の一部にすべき、との提言が含まれていた。  

そしてオーストラリアのマスコミ報道によると、豪州連邦議会で協定の審議が行われた時、豪中関係研究所の報告書はたびたび中国人労働者受け入れ積極論の権威ある論拠として引用された。中国人富豪に雇われているボブ元外相は、中国の国益に大きく貢献したわけである。  

その後、ボブ元外相の親中姿勢はよりいっそう鮮明になっていった。彼はオーストラリア国内で中国のために働くだけでなく、中国共産党の公式メディアにも時々登場して、共産党の宣伝工作に寄与した。中共のメディアに「ご意見番」として顔を出しては「小平改革の劇的な成功」を賞賛したり、中国の「文明としての強さ」を賛美したりした。  

対外的に強硬姿勢で有名な環球時報にまで登場して、中国のことを賞賛しながら、海外の中国批判にむきになって反発した。オーストラリアでは一国の外相まで務めた大物政治家が、中国に買収されて中国の国益のために働き、中国政府の飼い犬にまで成り下がっている有様である。  

これはおそらく、豪中関係史においてだけでなく、世界の外交史上においても稀に見る大珍事であろう。このまま事態が推移していけば、オーストラリアという国はいずれ中国に完全に乗っ取られて、一属国に成り下がっていくのに違いない。

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