ポピュリストはポリコレを敵視する
こんなに恐ろしい本が出版されていいのだろうか……。
いや、タイトル通りの「ポピュリズムの仕掛け人」たちがどのような手口で大衆心理を思うままに操っているのか、知る意義は大きい。その意味で、邦訳が出版されるべき本ではある。
だが「もしこの仕掛け人たちの手口を忠実に学び、日本でも欧米と同様の現象を起こそうと考える勢力が現れたら、大変なことになるぞ」との思いを抑えきれない。願わくは、そうした人たちの目に留まらないことを……と祈るしかない。
ジュリアーノ・ダ・エンポリ著、林昌弘訳『ポピュリズムの仕掛け人――SNSで選挙はどのように操られているか』(白水社)は、トランプ大統領をはじめ世界各地で次々に誕生しているポピュリスト政治家ではなく、彼らが支持を集める状況を意図的に作り出している仕掛け人たちにスポットを当てている。
第一次トランプ政権誕生の立役者となったスティーブ・バノンはおなじみだが、同じ発想を持つ人間たちが、欧州各地に点在している。
デジタル技術を駆使して人心を思うように誘導できることに気付き、イタリアの政党「五つ星運動」を躍進させたマーケティング専門家ジャンロベルト・カサレッジオ。
政治を動かすには、選挙広報担当よりも物理学者を雇うべきだとするドミニク・カミングスは、データやテクノロジーを駆使してイギリスのEU離脱キャンペーンを指揮、見事な成果を上げた。
同性愛者+ユダヤ人というポリコレ的には最強の組み合わせにも見えるアーサー・フィンケルスタインは、むしろポリコレを毛嫌いし、伝統的価値観を重んじるハンガリーのヴィクトール・オルバン首相の側近を務めた。
ポリコレ打破を信条とするイギリスのブロガー、マイロ・ヤノプルスは40代の若き仕掛け人だ。
彼らはそれぞれ、「欺瞞」に彩られた既存のメディアではなく、最近まで未開の地だったネットに活躍の場を見出したことになる。
「右派の躍進」の背景とは
イタリアの事例のように聞きなれない政治家の名前も出てくる本書だが、内容は恐ろしいものがある。
彼らは反ポリコレや反移民、反エリートなど、人々が抱くわずかな不満を見逃さず、ガソリンをまいて火を付け「怒り」に変える。ポリコレが浸透してきたからこそ、それに異を唱える姿勢が「反逆」に見えるのだ。そして怒りの代弁者(政治家)を表舞台に立たせ、支持を集めていく。
ドイツやフランスなど、欧州で話題になる「右派の躍進」しかり、「もともと『不満』は存在したのだから、それを解消すべく政治家が立ち、ネットを使って支持を集めるのは、何ら悪いことではないのではないか」という声もあるだろうし、筆者(梶原)もそう思っていた。
だが、本書を読むと、そうした個人の切実な不満や葛藤が、仕掛け人たちの餌食となり、いいように誘導されているのではないかと感じざるを得ない。
これは、現在起きている「ザイム真理教批判」や「デモ」にも当てはまるのではないか。
日本の場合、物価の上昇や税負担に対する不満は確かに存在するが、そこへ、エリート官僚批判が加わり、さらにネットメディアを主戦場とする人々が集まって、財務省批判のバブルを作り出している。素朴な不満に、事を荒立てたい(そして儲けたい、自身の勢力拡大に利用したい)仕掛け人たちが集り、意図的な刺激、さらには虚偽の情報を与えられたことで燃え上がっているのだ。
実体のないバブルを作っても、問題が解消することはない。集まる人々は、ただただ養分にされているだけなのだ。せっかくの不満の種は、こうした「祭り」ではなく現実の政策変更に生かされるべきであろう。
驚いたのは、一部暴動にも発展したフランスの「黄色いベスト運動」も、同様のバブル化現象を起こしていたという指摘だ。