マイナスをプラスに転化した菅義偉
以下は私の想像だが、その流れで安倍の今井への信頼がより深くなり、コロナ対策をリードするまでになったのではないか。たとえばアベノマスク問題。菅なら推進しなかったはずだ。政治家は失敗したとき、どれほどの批判や責任が降りかかるか、人一倍計算が働く。選挙の洗礼を受けない官僚にはそれがない。
菅長官と今井補佐官のそれまで良好だったバランス関係が崩れたことで、官邸のコロナ対策にほころびが生じた。
私が近著『内閣官房長官』(MdN新書)を刊行した2020年4月は、菅が外されていた時期だ。励ます意味でも出版したいと思い、2月末にインタビューを申し込んだ。いまは時期が悪いと延期の返答がくるかもしれないと予想していたが、意外にもOKだった。
普通なら二の足を踏むだろう。これも私の想像だが、コロナ対策が難航するなかで、菅は、このままやりたいようにやらせておこう、失敗の先に、必ず自分の出番が回ってくるはずだと自信を持っていたのだと思う。だから出版に同意したのだろう。
人間万事塞翁が馬という。コロナ禍にあって、菅は逆にふたたび運をつかんだ。もし菅がコロナ対策の先頭に立って、失敗していたら、いまの流れはない。あのとき外されていたのがよかったともいえる。
加えて、コロナ対策がうまくいかなかった理由の一つに、省庁、地方の自治体のIT化の遅れがあった。菅新政権がデジタル庁を提唱しているのも、コロナの教訓が身にしみたからで、これもマイナスをプラスに転化した例だ。
安倍政権時代、菅は次の総理を狙う態度をまったく見せず、万事控えめにしていた。
しかし、世間は菅の暗躍を噂する。私の見立てでは、河井克行・案里議員夫妻の選挙違反問題や黒川弘務検事長の定年延長問題、和泉洋人首相補佐官の不倫問題などで文春砲に撃たれた時、今井や安倍のなかに、菅への微妙な警戒心が生まれたかもしれない。それは権力トップの人間にとって自然な成り行きだ。
誰が『週刊文春』に情報を持ち込んだのか。明らかに狙い撃ちで、菅はそこで一歩退いたが、結果を見ればそれが強運だったと言える。