「文在寅大統領、答えて下さい」―送った公開書簡
こうした動きを受けて、トラン・ダイ・ナットさんら3人のライダイハンは5月28日付で、在英国韓国大使館を通じて韓国の文在寅大統領に公開書簡を送った。
ナットさんは、書簡のなかでこう訴えている。
「韓国政府は、韓国軍兵士がベトナム女性に性暴力を行っていたことを認め、国連人権理事会の独立調査に協力せよ。韓国政府が我々の存在を認めないため、ライダイハン50人は、韓国軍兵士のDNAデータベースと照合するためにDNAサンプルを提供する。DNA型鑑定で父子関係が確定すれば、性暴力の犠牲になり、現在生存している約800人の女性とその子供たちに公式謝罪してほしい」
しかし韓国外務省からの回答は、「ベトナムとの友好関係が発展するよう努力していく」とだけだった。
このため、ナットさんらは6月10日、ウェストミンスターの通称ナンバー10といわれる英首相官邸を訪問し、メイ前首相宛に書簡を手渡した。ナットさんらは、英国政府に国連人権理事会主導で進める独立調査を公式に支持するよう求めたのだ。
この要請を受けてジョンソン新政権は、11月にロンドンで開く性暴力防止イニシアチブを「ライダイハンのための正義」と共催することを決めた。英政府や議員らの間で、韓国の戦争犯罪であるライダイハン問題を本格追及する動きが広がっていることは間違いない。
こうした韓国軍の蛮行を追及する草の根運動を英メディアも報じ始めた。2017年9月11日、インディペンデント紙(電子版)が「戦時下で強姦されたベトナム女性たちは、生涯受ける苦痛と損害に対する裁きを求めている」との記事を掲載した。
今年一月に英議会で開催したレセプションを取材したガーディアン紙は1月19日付で、「ベトナム戦争中、韓国兵に強姦された女性たちはまだ謝罪を待っている」との見出しで、「韓国軍が女性に性暴力を行い、その結果として生まれた数千人の子供の存在を韓国政府が認めることが求められる」と指摘したうえで、「韓国政府は、韓国軍が数千人の女性や女児を暴行した。被害者のなかには12歳の少女までいた。
韓国はベトナムにおける戦争犯罪を一切認めていない。にもかかわらず、日本には第二次大戦で韓国からの従軍慰安婦に対して、謝罪を要求し続けている」と自分に甘く、他人に厳しい韓国のダブルスタンダードの対応を批判し、ストロー元外相が韓国に性暴力被害を受けた家族に謝罪するように圧力をかけていると報じた。
また、ロイター通信も1月16日付で、「ヤジディ教徒(ナディア・ムラド氏)の生存者がベトナム戦争でレイプされた女性の正義を要求した」と題して、英議会のレセプションでムラド氏が、「性暴力を犯した加害者は、犯した罪に対して正義のため、より多くのことをすべきだ」と述べ、韓国政府に性暴力を認めることを求めたと報じた。
こうしたことを踏まえて、ロイター通信は、「ここ数年、韓国政府は慰安婦問題で日本に謝罪を求め続け、すでに謝罪して決着済みとする日本との間で論争となり、関係が悪化する要因となっている。しかし、ベトナムと韓国の間ではそのような合意はない」と伝え、日本に謝罪を求めながら被りを続ける韓国政府の国家としての対応に疑問符をつけた。
BBC放送は、ベトナム語放送と韓国語放送でレセプションの様子をベトナムと韓国向けに伝えた。デイリーテレグラフ紙は、「ライダイハン母子像」を建立後の8月5日付で、ストロー元外相の「多くの困難にもかかわらず、ライダイハン運動は進歩しており、紛争地の性暴力撲滅に向けて、さらに正義を強化し、責任を果たしていかなければならない」との寄稿を掲載した。
英議会内のホールで開催されたレセプションでライダイハンのトラン・ダイ・ナットさん、ウィリアム・ヘイグ元外相、ジャック・ストロー元外相、ナットさんの母親、トラン・ティ・ンガイさん、人権活動家のナディア・ムラド氏(右から)
絶望のなか30年間出し続けた手紙
最後に、ライダイハンと呼ばれる混血児のトラン・ダイ・ナットさんが筆者に語った肉声を伝えたい。
ナットさんが自らのアイデンティティに疑問を持ったのは五歳の時。ベトナム戦争が終結した1975年4月だった。旧北ベトナム、現在のベトナム社会主義共和国が南ベトナムの首都だったサイゴン(現ホーチミン)を陥落させ統一すると、共産主義政権の下で状況が一変した。
「北の共産政権は、南の体制を支持して戦った米国とその同盟国を敵とみなし、彼らに関係するベトナム人を・反逆者・として弾圧した。韓国人に強姦された母親は敵の仲間とされ、あらゆる財産は没収され、母親と祖父、叔父は投獄された。祖父は収監中に鞭で打たれ、その傷が原因で、出獄から1週間後に死亡した」
ナットさんも敵の子ということで「犬」と呼ばれ、学校でいじめられた。
「私は母親と暮らせたから恵まれていた。敵の・残滓・とみなされた多くのライダイハンは、母親と引き離された。今後20年間、国家に反乱を起こさせない狙いからだ。母子がともに暮らしたければ、人里離れたジャングルに隔離された。未開のジャングルを選択した母子の多くはさまざまな病気にかかり、命を落とした」
絶望のなかで、ナットさんは歯を食いしばって学校に通い、読み書きを覚えた。しかし、ライダイハンのほとんどが学校に行けず、教育を受けられなかった。
「非識字者のため職に就けず、人間として最低限の社会生活も送れない。悪い時代に悪い場所に生まれてきたと諦めるしかなかった」
ナットさんの母親、トラン・ティ・ンガイさんが真実を明かしたのは、ナットさんが18歳の時だった。跪いて、「韓国軍兵士にレイプされた」と告白した。1人の兵士のみならず、さらに2人の将校からも数度にわたって強姦された。2人の姉妹がいて、それぞれ父親が異なる混血児。3人ともライダイハンだ。
ナットさんが韓国政府に性暴力被害の実態調査依頼を始めたのは、1989年。盧泰愚氏から文在寅氏まで歴代7人の大統領、駐ベトナム韓国大使、韓国の閣僚に手紙を出し続けたが、返信はなかった。
「彼らは、『大統領に要求を届ける。大統領からの返事を待ってほしい』と繰り返し、30年間なしのつぶてだ」