それにしても、今回登場した性奴隷説推進派の面々で最も異色なのは、ケネディ日砂恵氏ではないだろうか。直接会ったことはないが、ナレーションにあるとおり、数年前には一部の保守系論者からもて囃されていたのに、忽然と姿を消してしまったのは知っていた。今回、その彼女が突然登場して、かつての彼女の仲間や支援者を批判しだしたのには驚いた。秦郁彦氏の「南京虐殺は小規模ながら発生した」という説に接して目が覚めたのだという。
そして、自分自身が米国人ジャーナリストらと日本で広めたIWG報告書(ナチス戦争犯罪と日本帝国政府の記録の各省庁作業班による報告書。クリントン政権下で開始され、8年の歳月と30億円の費用をかけて機密文書を検証したが、日本軍の慰安婦制度については特段目新しい発見はなかったとされるもの)について、日本の保守派が考えるような価値はないと断定して、次のように述べた。
「IWGの目的はナチスの戦争犯罪を調査することでしたから、日本軍の慰安婦制度に関する情報が見つからなかったのは、キッチンの引き出しで靴下を探すような行為だったからです」
宗旨替えするのは個人の自由だが、事実まで曲げてはいけない。IWGはもともとナチスの犯罪調査を目的としていたが、在米の中華系反日団体である「世界抗日連合会」の強い要望を受けて、日本軍の戦争犯罪を含めることになったのだ。
だから、日本軍に関してもナチス同様に調査された。その結果、再確認されたのは、当時の米軍は慰安婦を一般的な売春婦だと見做したので、犯罪行為として追及しなかったということだったのだ。
デザキ氏は映画のなかで、頻繁にグレンデールやサンフランシスコで開かれた公聴会の映像を取り上げ、いかに日本側の反対が不成功に終わったかを強調する。そのなかで、慰安婦像が建てられてから日系子女へのいじめが発生するようになったという現地日系人の訴えを否定する反日団体の主張を一方的に受け入れ、そのような言説は杉田水脈氏が国会で流布したもので、杉田氏自身は被害者の母親らに直接会って話をしていないと指摘する。
日系人の訴えを事実無根と決めつけてかかるのは、反日団体のメンタリティと何ら変わりはない。私自身が北米を回って調査して得た結論は、いじめや嫌がらせは存在したということだ。
私は複数の母親に会って詳しく話を聞いた。たしかに、在米暮らしが長いとはいえ、日本人である母親たちは、被害を警察に届けたり、病院で診断書をもらうことで証拠を残すという発想はなかったし、それを指導するリーダーもいなかった。しかし、母親たちは共同で安倍首相に嘆願書を書いて送っている。普通の母親たちが、よほどの懸念がなくてそのようなことをするだろうか?
デザキ氏も認めるとおり、この映画は2時間と長い。私がデザキ氏にアドバイスできる立場にいたら、後半はカットするように強く勧める。
デザキ氏は後半、一気に脱線してしまう。それは、チラシに書かれている「いまだに燻り続ける論争の裏に隠された“あるカラクリ”を明らかにしていく」という部分だ。そのカラクリの暴露こそ、デザキ氏の本領発揮となるはずだったが、残念ながら映画を台無しにしてしまった。
加瀬英明氏が黒幕!?
■【日本会議】
長い映画の後半、そろそろ疲れてきた頃、突然「日本会議」という文字が画面に躍ってびっくりする。慰安婦問題とは何の関係もないからだ。すると、慶應大学名誉教授の憲法学者である小林節氏が登場し、解説を始める。小林氏によると、日本会議は安倍総理と政界に強い影響力を持ち、「明治憲法を復活させ、人権がなかった時代の日本に回帰することを目指している。そして、その日本会議のキャンペーンを広告塔としてリードしているのが櫻井よしこ氏である」という。
さらに、「日本会議は靖國神社を含む神道組織に支えられており、それゆえに櫻井氏はたぶん、無料で神社の境内に事務所を構えている」と続ける。そして、極め付きは次のひとことだ。
「日本会議の戦前回帰の思想は恐ろしい。しかし、自分は反対することで殺されてもいいと思っている」
心底驚き、そして呆れた。まず、日本会議にせよ、櫻井よしこ氏にせよ、明治憲法の復活を目指しているという事実は全くない。そして、これは小林氏にとって朗報だが、保守派界隈で小林氏の名前を聞くことは滅多にない。小林氏の命を狙う意味は皆無で、そんな動機を持った人は絶対にいないから安心していただいていいと断言できる。
日本会議に確認したが、デザキ氏から取材依頼を受けたことはないという。ここでもまた、基本的な検証作業を怠っている。
代わりに、外交評論家で日本会議東京都本部会長の加瀬英明氏が登場し、多くの保守系団体をぐ黒幕的存在として紹介される。たしかに、加瀬氏はかつての活発な執筆評論活動や政財界との繋がりから、保守系団体に世話人的に名義貸しをしているケースが散見される。
しかし、慰安婦問題に積極的に関与しているわけでもリードしているわけでもなく、日本会議本体を代表する立場でもない。だから、デザキ氏の質問に対してほとんど答えを持っていないのだ。加瀬黒幕説はまったくの虚構である。
デザキ氏が見出したとするカラクリとは、こういうことだ。「日本会議と安倍政権は日本の再軍備を実現し、日本は無謬であるという國史観に沿って栄光ある戦前に回帰しようと目論んでいる。その際、歴史上の恥部である慰安婦問題は不都合なのでなかったことにしてしまいたい。だから慰安婦たちを黙らせ、慰安婦問題の存在を否定しようとしているのだ」と。
公正中立な立場から慰安婦問題を検証するはずだったのに、どんどんずれていった挙句に、最後は何の検証もせずに「トンデモ陰謀論」に飛んでしまった。
そして、デザキ氏は日本国民に警告する。「平和憲法を改正して再軍備すれば、私の国であるアメリカの戦争に巻き込まれることになるぞ!」と。
デザキ氏は知らないのかもしれないが、日本には自衛隊があり、再軍備はとっくの昔に実現している。しかし、現行憲法との不整合から、防衛に支障をきたすから安倍政権は憲法の一部改正を行おうとしている。同時に、日本と直接関係がない戦争に巻き込まれたくないから、集団的自衛権の行使に制約を設けているのだ。
デザキ氏は記者会見で、「なぜ、日本の歴史修正主義者たちが慰安婦問題を隠蔽しようとしているのか興味を持った」と正直に動機を述べた。だから最初から偏っているのだ。
それでも私は、デザキ氏の作品を肯定的に捉えたい。『主戦場』を見て、慰安婦性奴隷説推進派の人々が、如何に論点をすり替え続けることで慰安婦問題の解決を妨げ、永遠に慰安婦問題を継続させようとしているかがよくわかるからだ。