一国の首相としての危うさ
全世界からの外国人の新規入国停止措置をめぐっては、海外在留邦人が置き去りになるところだった。この点は改めて断罪しておきたい。
首相が全世界からの外国人の新規入国停止を表明した際、政府は併せて、帰国者らの入国者の上限を5,000人から3,500人に引き下げる方針を決めている。
これを受け、国土交通省航空局は国内外の航空会社に新規予約の受け付けを停止するよう要請したが、日本人駐在員やその家族が帰国できない虞れが出て、駐在員らから不満が相次いだため、首相は12月2日、記者団に「私から国交省に邦人の帰国需要に十分に配慮するよう指示した」と述べ、一律での受け付け停止を撤回した。
これが一連の顚末だが、在外邦人保護という主権国家の責務を軽んじた批判は免れまい。菅前首相の「逆張り」を行くことばかりに神経を使っていたために、肝心なことを忘れてしまったのだろうか。
「お粗末」という一言では済まされず、主権国家というものに対する意識の希薄さをうかがわせる。
仮に国交省に非があったとしても、在外邦人保護を確実なものにしなかったことに対する首相の責任は問われてしかるべきだ。水際対策を強化するのは良いが、日本国民を守るという足元の大事な点を忘れてもらっては困る。
しかも、全世界からの外国人の新規入国停止を表明したぶら下がりで「『状況が分からないのに岸田は慎重すぎる』という批判については、私が全てを負う覚悟でやってまいります」と述べた割には、その3日後に行った12月2日のぶら下がりでの発言を聞く限り、その覚悟は感じられなかった。
「一部の方に混乱を招いてしまった」と言うだけで謝罪はなし。「私から国交省に邦人の帰国需要に十分に配慮するよう指示した」と語ったあとに、「詳細についてはぜひ国交省に確認をしていただければと思っています」と自ら説明責任を果たすことはなかった。
記者団が事実関係を詰めようとしても、「国交省がそうした、いわゆる新規予約の停止の要請を行ったということですが……」としどろもどろの説明に終始。国交省がしたことだから国交省に確認してほしい、と言いたいのはよく分かったが、邦人を置き去りにしたことへの自らの責任には触れず、一国の首相として、危うさと無責任さを感じた。
党内から「ワイドショー内閣」と揶揄する声も
首相だけではない。斉藤鉄夫国交相は陳謝したものの、「(航空局は)スピード感を持って対応したということだが、事後報告だった。国民生活に大きな影響を与えることについてはより丁寧に対応すべきで、航空局に注意をした」と語っており、その発言は航空局に責任を擦り付けているようで、いただけない。
航空局は、これまでも首相官邸に情報を上げることなく、入国者の総数を抑えるため、数日間の予約停止措置を取ったことがあるが、今回のように年末に1か月の長期にわたり、航空各社に予約停止を要請した例はないという。
航空局の独断専行というのが政府サイドの「見解」だが、検疫を所管する厚生労働省幹部は「1か月も予約を停止するなんてことを航空局が無断で行うなんて、にわかに信じられない」と首を傾げる。
仮に独断専行だったとしても、官邸と国交省との調整不足とのそしりは免れず、人事権を盾に官僚に対し目を光らせていた菅前首相なら、こんなことは起きなかったのではないか。ガバナンス(統治)が利いていない。
ともあれ、首相は国交省に責任を押し付け、国交相は航空局に責任を押し付ける。実にみっともない。責任をとろうとしない首相や閣僚のもとでは、官僚も思い切って仕事はできまい。
政府内には、駐在員の不満に耳を傾け即座に対応したわけだから「聞く力」が発揮された、とこれまた称賛する向きがあるが、とんでもない。方針は3日で撤回されており、称賛に値しない。そんな浮かれているようなことを言っていては、この先が思いやられる。
そういえば、オミクロン株の濃厚接触者に大学入試を受けさせるかどうかについて、当初は本試験の受験を認めず、追試験を受けてもらう方針だったが、受験生やその家族らから不満が噴出し、従来株の場合と同様に、PCR検査で陰性などの条件を満たせば別室での受験を認める方針に転換した。
政府関係者は、これも「聞く力」が発揮されたと思っているのだろうか。朝令暮改が日常茶飯事に起きては、政府は信頼を失うことを肝に銘じるべきだ。
首相は1月4日の三重県伊勢市内で行った年頭の記者会見で政治手法について問われ、こう答えている。
「一度物事を決めたとしても状況が変化したならば、あるいは様々な議論が行われた結果を受けて、柔軟な対応をする。こういったことも躊躇してはならないと思っています。こういったことも大事にしながら、政権運営を行っていきたい」
開き直っている場合ではない。ある自民党議員は、「ワイドショーで批判されれば方針転換する『ワイドショー内閣』だ」と揶揄していた。なるほど、うなずける。