「僑務工作」怪しいワナ
中国は、オーストラリアをコントロールしやすい社会に変える「僑務工作」の実験場とした。僑務工作とは、中国系の人々の組織を動員することや、中国系の議員を当選させ、あるいは息のかかった中国系の人材を政府高官に送り込む仕掛けをいう。中国共産党が2000年代に入って中国系の移民を奨励するようになったのは、これらが主たる理由である。
実は、オーストラリアのボブ・ホーク首相(当時)は1989年の天安門事件で、人民解放軍が学生たちを殺戮する残忍な映像に衝撃を受け、国内に滞在する中国人の希望者に永住権を与える決断をした。これにより、4万2000人が永住権を獲得し、のちに彼らの近親者1万人が新たな中国系移民になった。
しかし、留学生とはいえ、実際には語学研修との建前で働きに来た就労者が多く、民主化とは無縁の人々だった。そこに目をつけた北京は、彼らを母国に貢献する僑務工作のターゲットになると判断した。
「僑務」のほとんどの活動は、共産党中央委員会の下にある統一戦線工作部(中央統戦部)により実行され、共産党が得意とする大衆動員の戦術を駆使する。
いまもまた、中国共産党が香港に強制した国家安全維持法の施行をきっかけに、アメリカやイギリスなどでも香港からの移民希望者の受け入れを表明している。しかし、厳格なふるいにかけないと、香港の民主派になりすます「僑務」の手先が紛れ込まないとも限らない。
ハミルトン氏は、1997年の返還前後に香港の政務司司長を務めた陳方安生から北京による第三国への浸透方法を聞いている。NGOをカネで買収して動かすやり方から、反対派の声を抑圧する方法、大学の理事会に親中派を送り込むやり方、メディアへのコントロール、そしてビジネスに圧力をかける方法など多岐にわたった。
カネで人を操る法
中国共産党のオーストラリア乗っ取り計画には、政党に対する最大の献金者である中国系の大富豪の行動を外すことはできない。そのうちの一人、黄向墨氏はオーストラリアの政界、財界、メディアにまで広がる権力のネットワークの中心にいる人物だ。黄氏は広東省出身の不動産業者で、やがてその資金力で北京の支配下にある「澳洲中国和平統一促進会」の代表になる。
黄は2012年に労働党ニューサウスウェールズ州支部に15万ドルの献金をしたのを足掛かりに、やがてオーストラリア政界に顔を広げていく。貿易相のアンドリュー・ロブ氏と密接な関係を築きあげると、豪中自由貿易協定に関与し、黄氏が資金提供してつくったシドニー工科大学の豪中関係研究所には、地元の自由党支部に献金した関係でジュリー・ビショップ外相(当時)に開所式の祝辞をもらうほどになった。
ポンペオ国務長官のいう「外国人の心を征服しようとしている」というえげつない遠隔操作は、このオーストラリアで実証されていた。
やがて、2017年12月12日に、野党労働党のニューサウスウェールズ州支部代表だったサム・ダスティアリ議員が辞任に追い込まれるまで、一年にわたってオーストラリア政界を揺さぶった。ダスティアリ議員は中国の南シナ海での活動を擁護し、見返りに黄から資金を受け取っていたことが暴露された。
マルコム・ターンブル首相(当時)は、情報当局からの警告を受けて、政界や大学、シンクタンクなどに中国による干渉が「前例のない規模」で行われていることを公表した。オーストラリアの二大政党が、黄の運営する中国企業2社から10年間で6700ドルの寄付を受け取った。
同じような警告はイギリス、カナダ、ニュージーランドでも発せられた。とくにカナダの情報機関は、いくつかの州の閣僚や職員までが「影響力の代理人」であると警告した。ドイツ情報当局も2017年に中国がドイツの政治家、官僚も取り込もうとしていると非難した。
中国共産党の触手は労働党ばかりでなく、自由党にも及んでいる。安倍晋三首相が國参拝をしたことに対し、オーストラリアで抗議デモが起きたときに中国の五星紅旗を振っていたのは、自由党のクレイグ・ローンディ議員であった。
彼は、選挙区の大規模な中国系オーストラリア人団体との仲介人である楊東東氏の支援を受けていた。楊氏は中国大使館につながる人脈であり、2008年にキャンベラで行われた北京五輪の聖火リレーをチベット独立の活動家から守る「治安維持部隊」のリーダーであった。
楊氏は議員に働きかけて、安倍首相の「國参拝に反対する議会演説をつくらせた」と公言しており、これと連携するかのように、共産党機関紙の人民日報が複数の自由党議員までが安倍首相批判をしていたことを報じていた。要するに、オーストラリアにおける安倍首相の國参拝反対の運動は、作、演出とも中国によるものであった。