経済人を契約案件で釣る
ポンペオ演説は中国が巨大市場をバックに、アメリカ企業の市場参入を対価として、中国の人権侵害、領土問題などには沈黙させられたと指摘した。
マリオットホテルからアメリカン、デルタ、ユナイテッド各航空会社に至るまで、北京を怒らせないよう企業サイトから台湾への言及を削除させられているという。
ハミルトン氏によると、オーストラリアではそのアメリカとの固い絆を断ち切らせるため、中国共産党が用いたのが、まさに「オーストラリアを操作するために経済的な手段を使う」ことだった。
きっかけは、オーストラリアが2002年8月の広東省への天然ガスの供給契約で、インドネシアとの競争に打ち勝った時からだ。当時のジョン・ハワード首相は、契約の獲得を「金メダル級のパフォーマンス」と祝杯を挙げたほどだ。
だが、そのウラには、北京がキャンベラをワシントンから引き離すための作為的な決定があった。その効果はすぐに表れた。ハワード首相が250億ドルという契約獲得の人参につられて、チベットの精神的指導者、ダライ・ラマとの会談を拒否したことで、北京に見返りを進呈していた。
ハミルトン氏に言わせると、財界エリートたちは無意識のうちに外国の主人に忠誠を尽くす行動をとることになり、「オーストラリアの主権を内側から侵食している」ようだ。それは日本の経済人にもみられる傾向で、彼らは「誰よりも中国を知っている」と思い込み、政治や価値観の違いを差しはさむことを許さない。
日本でも、民主党の菅直人政権は、中国にパイプを持つという理由で、伊藤忠商事相談役の丹羽宇一郎氏を駐北京日本大使に任命している。政府内で対中政府開発援助(ODA)に厳しい声が上がっているなか、丹羽大使は逆にODA増額の具申を本省にして批判を受けるなど、在任中の発言にも疑問の声が相次いだ。
リニアチームを引き抜き
レイFBI長官も、中国は技術革新への努力の積み重ねを省略して、「アメリカ企業から知的財産を盗み出し、その被害者となった企業と対抗する」と指摘する。
優秀な人材を海外から好待遇で集める「千人計画」を使って科学者を誘惑し、アメリカの知識や技術を本国に持ち帰らせようとする。
中国はたとえ機密情報の窃盗や輸出規制の対象であったとしても、手段を選ばない。盗み出した技術を駆使して製品を世界に売り込み、その技術を生み出したアメリカ企業を廃業に追い込んで市場を奪取するというえげつなさだ。
そうした例は、残念ながら日本でも散見される。日本の新幹線技術という知的財産を中国が入手し、これをそっくりマネして「中国固有の技術だ」と偽って世界に売り込んだことはよく知られている。
いま再び、JR東海のリニア新幹線に携わる1チーム約30人の日本人技術者を高額で引き抜き、「中国製」と称するリニア新幹線を開発中だ。これらリニアの超電導、電磁技術は、そのまま軍事技術に転用が可能だという。
国家基本問題研究所の企画委員、太田文雄元海将によると、これらの技術が安価で連続発射可能なレールガン(電磁加速砲)や空母の電磁式カタパルト(航空機射出装置)に利用できる。やがて、そうした高度技術の兵器が日本列島に向けられる日がやってくる。
また、トヨタ自動車が中国企業と共同開発することになった燃料電池車の技術も、やはり静かに潜航する潜水艦エンジンに転用できる。
たしかに中国の巨大市場は無視できないとしても、目先の経済利益のために、どんなに国益を喪失していることか。
また、中国では進出外国企業内であっても、一定数の党員がいれば共産党の支部として“細胞”を抱えることが義務付けられている。企業活動のすべてが監視され、技術開発のすべてが筒抜けなのである。
なるほど習近平政権は、軍事的強制、強奪的な外交、不公正な貿易、国際法の無視、サイバー攻撃、そして様々なスパイ活動とやりたい放題だった。習主席の目標はただ一つ、建国百年にあたる2049年までに「諸民族のなかに聳え立つ」という夢の実現のためである。それがパンデミック禍をきっかけに、中国共産党の反文明的な無作法が炙り出された。
トランプ政権はその中国共産党に対して、これまでの「戦略的競争」という定義からギアを一段上げて、「戦略的脅威」として動きを加速させている。中国がトランプ大統領その人の統治能力を軽く見たとしても、その国力と米軍の意思と能力を見くびらないほうがよい。米中対立がここまでくると、衝突は偶発的に起こるかもしれず、時には中国の脆弱性を積極的に突くこともある。
アメリカの歴代政権の中国に対する善意の「関与政策」を対中抑止戦略にシフトさせることは、いまやワシントンの外交エリートの暗黙のコンセンサスである。したがって、11月の大統領選挙で民主党のバイデン政権が誕生したとしても、アメリカの対中強硬策は変わらない。