一票に格差があってどこが悪い!|深澤成壽

一票に格差があってどこが悪い!|深澤成壽

選挙の度に問題となっている「一票の格差」。昨年10月の参院選もこれをもって違憲だとする訴訟が各地で相次いでいる。しかし、本当に「一票の格差」は問題なのか? 改めて考え直してみると……。(初出:2013年5月号)(本稿は著者の考えに基づき、旧仮名遣いとなっています)


民主主義を成り立たせる基礎は、云ふまでもなく多数決原理である。全ての「決定」のプロセスはこれに基づく。然し、この多数決原理が機能するためには、この多数決原理に全員が遵ふと云ふ合意が、その前提としてなければならない。

即ち、多数決原理に基づく民主主義が根付くためには、尠(すくな)くともスタートするためには、当該団体の(国であれ団体であれ)構成員全員がこれに合意し、その決定に遵ふと云ふ自制心を伴ふ成熟が求められる。一定の成熟度の無い民族に民主主義を与へても、薩張り世が治まらぬのはこのゆゑである。

「多数決原理」をどのように使い熟(こな)すかも、この成熟度に掛かつてくる。何でも多数決で決すればよいと思ひ込んでゐる単純な「多数決原理主義」はその思想の、若しくは行動規範の幼児性の発露に他ならないのだ。

親睦旅行の行く先なら、単純な多数決で決めるが宜しからう。然し、少数派の処遇に拘はる重大問題を単純な多数決原理で決する事態が度をこせば、やがて少数派の反乱、分離に至るかも知れぬ。反乱、分離の力も無く、それも不可能となれば、空しく泣き寝入りに沈むか、若しくは鬱勃(うつぼつ)たる敵意と怨念を抱いたまま逼塞するしかない。

多数派は常に、少数派への配慮と、これを包み込む大らかな心を失つてはならない。求められるのは、諸共に生きて行こうとの共同体意識と、穏やかな自制心である。

司法を以て政治を裁く危機

所謂「一票の格差」是正を求めて、長きに亙り精力的に訴訟攻勢を展開してゐる「弁護士グループ」とやらは、「幼児性多数決原理病」と「偏執性平等原理病」の合併症に罹患し、治癒不能の重篤状態にあるやうだ。我が国に於ける民主主義の未成熟、若しくは幼児性は、彼らに於いてこそ最も顕著に現れてゐると云つてよい。

単位人口当たり選出する代議員数が平等であること、即ち一票の価値が民主主義に於ける至上の理念であるとするならば、全国を一区とするしかない。これなら完全な平等だ。最高裁もまた、一票の価値の平等を期する為に、県別区分けによる「一人別枠制」の廃止を求め(即ち必然、全国区への道を示唆し)、次のやうな理想を述べてゐる。

「(衆院議員は)いずれの地域の選挙区から選出されたかを問わず、全国民を代表して国政に関与することが要請されているのであり、相対的に人口の少ない地域に対する配慮はそのような活動の中で全国的な視野から(略)考慮されるべき事柄であって、地域性に係る問題のために(略)投票価値の不平等を生じさせるだけの合理性があるとは言い難い」と(ジュリスト臨時増刊1440号8ページより引用)

これが該判決の核心部分である。

では、その理想の制度(全国区)が実施されればどうなるか。まづ、マスコミに露出度の高い著名人、タレント、タレント擬(もどき)の学者、スポーツ選手、お笑ひ芸人まで、「多彩な人材」がずらりと上位に並ぶだらう。

東京、神奈川、埼玉、千葉の首都圏四都県で人口3570万。愛知、京都、大阪、兵庫の中京京阪神の四府県で2450万人。合はせてほぼ6000万人となるから、全国人口のざつと半数を占めてゐる。然し、議員の占有率が半数で済む筈はない。やつて見なけりや判らないが、おそらく7割に達するのではないか。

残りの大部分を政令指定都市を擁する雄藩(県)が取り、やうやくそのお零れを地方の弱小県が戴くのだが、どれ程お零れがあるか。議員一、若しくはゼロの県が続出するだらう。

2021年の衆院選でも、弁護士グループが全国289の小選挙区を対象に全国14の高裁と高裁支部で1日に一斉に提訴した。

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