一票に格差があってどこが悪い!|深澤成壽

一票に格差があってどこが悪い!|深澤成壽

選挙の度に問題となっている「一票の格差」。昨年10月の参院選もこれをもって違憲だとする訴訟が各地で相次いでいる。しかし、本当に「一票の格差」は問題なのか? 改めて考え直してみると……。(初出:2013年5月号)(本稿は著者の考えに基づき、旧仮名遣いとなっています)


さて、人口で山梨をやや凌駕する世田谷区の行政課題は如何に。区内にどんな産業が有るのか。商店街の振興策なんぞは無用だらう。治山治水事業が有るのか。豊かな住民所得や財政状況、東京都民として共有できる都内のさまざまな医療や文化教育施設、交通機関などの各種インフラなど、政治上の諸元を考慮すれば、その余りの隔絶(公共財享受の不平等も含め)に絶句するしかない。

仮に小選挙区制度であるとして、山梨が県内を3分割して衆議院議員定数3と措定(そてい)すれば、世田谷区も同様、選挙区を3分割して各選挙区の代表たる3名の議員を国会に送り込む必要があるのだらうか。杉並区も渋谷区も新宿区も、以下、東京全区が、域内に夫れ夫れ特殊事情を抱へる27市町村を統括する山梨県と同等であるべきか。

問題はここである。前述した最高裁判決の御託宣「衆院議員は、いずれの地域から選出されたかを問わず、全国民を代表して国政に関与することが要請されている」から、国会議員は一地域の代表ではない。ゆゑに、人口に正比例して選出するのが正義である、新宿選出のガールズ議員が北海道の羆(ひぐま)対策を考へればよいのだと、数の力で押し捲り、単純多数決の採決に付せば、少数派過疎地住民に抗する術はない。政治の重心は圧倒的に都市部に傾き、政治のエネルギーは繁栄地への集約に加速するだらう。

それで良いのか。憲法第14条の一般則は、斯かる拡大解釈の教条的適用が唯一絶対の解か。これこそ本稿の核心の課題である。

統治行為と司法

自衛隊は合憲か否かの訴訟で一時、「統治行為論」なる法理が世上賑はつたものだ。自衛隊は我が国の生死に拘はる重大事である。この自衛隊の存在を、司法の力を以て葬り去らんとした企てが、これに拠つて頓挫した。

「統治行為論」とは一言にして謂へば、司法府が、国家の統治行為をその配下におくのは越権であるとの法理である。

こんなことは、手間暇かけて持つて回つた学説なんぞを調べるには及ばない。健全な常識があれば充分だ。

譬(たと)へば、憲法九条を虚心に読み、現在の自衛隊の戦力を虚心に見れば、これが共存できないことは明らかだ。

では最高裁が、現状に於いて、厳正なる法理(学説)に基づいたと称して、斟酌無用と憲法違反の判決を下し、政府に自衛隊解散を命じたらどうなるか。若しくは、不法の存在たる自衛隊への予算執行の停止とか。慥(たしか)に一往、理屈は通つてゐる。然し、サヨク原告グループが凱歌を挙げるのも一瞬で、直ちに最高裁の驕慢は無惨に砕け散るだらう。

国境海域に危機迫る今この時、そんな寝言を聞いてはゐられない。政府はどうするか。

内閣が緊急声明を発する。

曰く、「国土領海の保全と國民の生命、國民生活の安寧を保持すべき責に任ずる政府として、今次最高裁判決に服すことはできない。自衛隊は引き続き維持し、ここに超法規的措置として当判決を最高裁に差し戻す」。

国家國民が生き延びる手段は、凡そこんなところだらう。これに対して、最高裁に為す術は無い。所詮、「司法」も国家の統治有つてのことなのだ。

「司法の判断」「司法の判断」と、恰もそれが神聖至上、全能の尊いものであるかの如くこれに期待し、国政に拘はる重要事の訴訟が引きも切らないが、斯かる司法至上主義は幼児性の露呈であると、曩(さき)に指摘したところだ。

最高裁判事15名と国会議員722名

さて選挙制度だが、これも「一票の格差」問題を含め、民主政治の基本を成す重大事である。この根本問題について、国権の最高機関たる国会の憲法第47条の規定に基づく議決と、司法の恣意的判断で何れが優越するか。

そもそも、15人の最高裁判事とは何者か。大学法学部の学窓からそのまま法曹一筋の連中である。行政官僚や外務官僚も若干散見するが、何れにせよ、世俗の風や浮世の荒波を知らぬ、閉ざされた、謂はばインナーサークルの出自である。この15人が多数決で、国政の根幹の死命を制しようとしてゐる。即ちそれは、わづか八名の意志で可能なのだ。

一方、国会議員はどうか。衆議院議員の定数480名。参議院議員の定数242名。合はせて722名である。

政治家をぼろくそに云ふのは容易いが、それは天に唾するものである。良かれ悪しかれ、それは現代日本社会の縮図である。各界各層を網羅し、地を這ふ運動の中からのし上がり、衆庶(しゅうしょ)の心を離れて彼らの立場は無い。

職業経歴も千態万様、中には敵国通謀罪常習やら詐欺師と紙一重、銭ゲバ紛ひも散見するが、それもこれも現代社会であり、烈々愛国の士、珠玉の人材にも事欠かぬ。それでなければ国は保たない。インナーサークルの15人なんぞは比すべくもない合議体である。

この特殊職業人15人の多数決を国会の上位に置き、聖なるお告げの如くに持ち回る風潮が彼らを付け上がらせ、政治制度の枠組みにまで容喙(ようかい)させるに至つたのである。

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