『作家の値うち』小川榮太郎インタビュー「いまの文壇は不真面目過ぎる」

『作家の値うち』小川榮太郎インタビュー「いまの文壇は不真面目過ぎる」

現役作家100人の主要505作品を、文藝評論家の小川榮太郎氏が100点満点で採点した話題の新刊『作家の値うち』(飛鳥新社)。筆者の小川氏が執筆の苦労や、いまの文壇の問題点まで、語り尽くす! (聞き手・花田紀凱)


0点をつけた理由

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――カズオ・イシグロの作品は軒並み高得点ですね。

小川 翻訳だから、本当は不公平なのですが、やはり素晴らしい作家ですね。仮に、カズオ・イシグロさんがノーベル文学賞の受賞基準だとするならば、村上春樹さんの受賞は無理ではないかなあ。
 
昔、いまの村上春樹さんのように、井上靖が毎年のようにノーベル賞を取ると言われて記者が自宅に押し掛けていた時期がありましたね。川端康成が取って、順当にいけば三島由紀夫でしたが、94年に大江健三郎さんが取った。

もし安部公房が生きていれば、どちらが取っていたか微妙なところだったと私は思っていますが、大江、安部と比べたら、井上靖の受賞はその頃から私は無理だと思っていました。井上靖が取るなら、司馬太郎が受賞したほうがまだ自然な気がします。司馬さんの作品なら、英語でもあの血湧き肉躍る感じは伝わるんじゃないかな。
 
そういう意味で、村上春樹さんは井上靖と似た部分があって、日本国内のテレビ、新聞によって過剰に期待を演出されてしまっている部分がある。

――毎年ノーベル賞の季節になると、熱烈読者だという連中が、酒場などに集って発表を待っているシーンがテレビで放映される。あれを見ていると、バカバカしくなります。

小川 あれは私も嫌いです。

――桐野夏生さんの『ナニカアル』、大江健三郎の『セヴンティーン/政治少年死す』などは0点がつけられています。いくらなんでも、少し極端な評価とも思えるのですが。

小川 読むに堪えないとか、中身が薄いとかいう作品には、失礼ながら17点とか20点とかいう点数をつけてさせてもらいました。0点はそういうクオリティー以前に、作家としてやってはいけないような、インモラル(道義に反すること)な小説につけています。
 
たとえば桐野さんの『ナニカアル』は、作家・林芙美子の従軍時代を描いた作品ですが、彼女を反軍イデオローグで、前線で不倫に狂う女として描いています。アマゾンのコメントを見ると、「林芙美子がそんな人だとは知らなかった」なんて書かれている。
 
しかし、宮田俊行さんの林芙美子の伝記『林芙美子が見た大東亜戦争』(ハート出版)を読めばわかりますが、桐野さんのは林芙美子像を全く歪めたものです。林芙美子を冒涜しているし、歴史の解釈権を超えていると思います。
 
大江さんの『セヴンティーン』も同様です。社会党委員長だった浅沼稲次郎を刺殺した山口二矢をモデルにした小説ですが、もし山口二矢が生き返って『セヴンティーン』を読んだら、冗談抜きに大江さんを殺しに行くと思いますよ。
「死人に口なし」をいいことに、山口二矢をこれでもかというほど薄汚い下等な人物に描いている。大江さん自身がモデルと思しき勇気ある青年が、眼力で山口二矢を退散させるシーンも出てきます。

『セヴンティーン』第二部を掲載した「文學界」の版元である文藝春秋と大江さんに右翼団体から脅迫状が送られてきたので、大江さんは怖がって、長い間、第二部を封印してしまいました。単行本に収められたのは二〇一八年になってからです。
 
そんな臆病な人が、『セヴンティーン』のなかでは勇気ある青年に描かれ、山口二矢を退散させるのですから、苦笑するしかありません。
 
それでも、「いやいや、そんなことはない」と再評価する人が出てくれば、それはそれでいいと思います。そうした酷評や異議申し立てを許容し合うことが、表現の自由というものだと思います。

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石原慎太郎は天才

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