タイトルに怒り心頭
直木賞作家、桜木紫乃さんの新刊(徳間書店)のことだ。
なんと、タイトルが『人生劇場』。
『人生劇場』と言えば尾崎士郎さんの自伝的大河小説。川端康成も絶讃した大ベストセラーだ。
大正時代の早稲田大学を舞台にした「青春篇」から始まって「愛欲編」「残侠篇」と続く名作で、何度も映画化され内田吐夢監督による名作もある。
〽やると思えばどこまでやるさ――
古賀政男作曲、佐藤惣之助作詞の歌は早稲田大学の、第二の校歌と言われ、長く歌い継がれている。
尾崎士郎さんの『人生劇場』はぼくの青春の書なのだ。これまでに何回読み返したかわからない。
主人公の青成瓢吉、友人の夏村大蔵、吹岡早雄、新海一八……。恋人のお袖。吉良常、飛車角……。
こう書いているだけで、小説や映画のワンシーンが目に浮かんでくる。
ぼくが、どうしても早稲田大学に行きたいと思ったのも、『人生劇場』がきっかけなのだ。
その大切な大切な『人生劇場』のタイトルをまるごとパクるとは。
むろん、タイトルに著作権はない。
しかし、だ。
誰か、自分の作品に『吾輩は猫である』とつけるか。『暗夜行路』とつけるか。『仮面の告白』『夜明け前』とつけるか。
作家としての礼儀とか先人への敬意とかがあるだろう。
『週刊アサヒ芸能』に連載していたので、一度、抗議しようと編集部に電話したが、要領を得なかった。
ぼくが『人生劇場』に初めて出会ったのは中学生の時だ。
昭和29年、角川書店から戦後初めて文学全集が刊行された。
『昭和文学全集』全60巻。
A5版、3段組で箱入り。
ここが角川書店らしいのだが、全巻購入すると、全巻が納まる書棚をくれた。書棚と言っても戦後すぐだから、ちゃちいものだったが。
サラリーマンだった父が、その全集を購入した。
全3段だから、読むのも大変だが、ぼくは、次々とそれを読破していった。なにしろ勉強より楽しい。
で、出会ったのが尾崎士郎さんの『人生劇場』だった。


三州吉良港。主人公瓢吉が中学時代、登った銀杏の大木を揺する父親の瓢太郎……。
早稲田大学に入学してすぐに発生した早稲田騒動での瓢吉らの活躍。流水亭で働いていたお袖との恋。父親の子分だった吉良常。「残侠篇」から登場する飛車角……。
息もつかせぬ、とはまさにこのことで、食事も忘れて夢中になり、一気に読み通した。
以来、何度、読み返したかわからない。
中川一政さんの装幀でいろんな出版社から出ている『人生劇場』もほとんど購入して、持っている。
中では昭和12年に中川一政さんのさし絵、装幀で出版された箱入り全3巻が一番好きだ。
ちなみに文藝春秋社(当時)も昭和27年に新書判全6冊で刊行している。
尾崎士郎さんは昭和39年に亡くなったので、お目にかかることは叶わなかったが、後年、尾崎さんが可愛がった長男の俵士さん(相撲好きの尾崎さんらしい命名だ)とは、知り合い、交流があった。
当時、俵士さんは産経新聞で仕事をしていた。
久しくお会いしていないがお元気だろうか。