2020年12月、東レの子会社、東レインターナショナルが、数年前から外為法上の許可を得た販売先ではない中国企業に炭素繊維を流出させていたことが明らかになった。
炭素繊維はコールタールなどの副生成物を原料に高温で炭化して作った繊維で、1959年に日本人が発明したものである。鉄よりも軽くて丈夫なことから航空機や自動車などに使用される材料であるが、軍事転用も可能なため、輸出する際には国の許可と輸出先の企業や使い道を厳しく管理されている。
今回の事件は、中国の現地子会社および現地社員に取引審査を一任していたことが原因だ、と東レは説明しているが、現地社員が中国共産党員であれば起こるべくして起こった事件である。
漏洩した今回のデータからも、本気でわが国の安全保障や知的財産を守る気がないことがわかる。 「ナノテクノロジー」の基礎研究を行っている東レ先端材料研究開発株式会社には博士課程を修了した者が2名、大学院卒が11名、大学卒4名、高校卒1名の計18名の上海党支部・共産党員が在籍している。こちらも全員が漢民族である。
こうした材料研究によって、わが国の費用で中国人に先端技術を研究させ、その成果もまた中国に帰属することになりはしないのか。深刻な懸念を拭い去ることはできない。東レは「子会社に対するコンプライアンスやガバナンス、安全保障貿易管理を会社の優先事項として対応してきたつもりだが、今回の不祥事を防げなかったことは遺憾だ。子会社に再発防止策を徹底させる」とコメントを出しているが、事件は氷山の一角でしかないと思わざるを得ない。
子会社から中国共産党員を排除しない限り、同じことが繰り返されるのではないか。経済産業省は東レに対して、貿易経済協力局の名前で、行政指導のなかでは最も重い処分として、再発防止策と厳正な輸出管理の徹底を求める警告書を出しているが、警告書だけで済む問題だろうか。政府や企業の本気度、危機意識が問われる。
なお、「中国共産党上海市対外服務有限公司」は各国の大使館や外国メディアにも中国人の人材を派遣している。こうした実態を政府やメディアはどう捉えているのだろうか。
入国を制限したアメリカ
米国務省は2020年12月2日、中国共産党員への渡航ビザ(査証)規制を厳格化した。中国共産党員およびその家族が取得できるビザは、いままで最長10年有効のビジター用数次ビザだったが、これを一回限りのビザで滞在期間も1カ月に変更された。北京の米国大使館報道官は、声明でこう述べている。
「中国共産党とその党員は、プロパガンダや経済的な威圧など悪質な活動を通じ、米国民に影響を及ぼすために積極的に動いている。中国共産党には、何十年にもわたり米国の機関と企業への自由で拘束されないアクセスを認めてきたが、中国国内で米国民が同じ特権が自由に与えられたことはなかった」
むろん、米国政府が完全な中国共産党員のリストを持っているわけもなく、ビザ発給時点でビザ申請者が中国共産党員であるかどうかわかるわけではない。したがって滞在期間を制限することはできないが、発覚した時点で違法な入国として捕らえることができるから、中国共産党への圧力となることは間違いない。
日本政府が同じようなことをしようとすれば、党員リストを待っていることや人権が争点となり、法改正はできない虞(おそ)れがある。しかし、党員リストの有無や人権云々ではなく、中国共産党員に対する牽制を目的とする米国の姿勢を学ぶべきだ。
今回漏洩した中国共産党員のデータによって、多少なりとも中国共産党の実像が掴めたと言える。日本政府も諜報活動に磨きをかけて中国共産党の動きを捉え、民間企業へもその情報を提供できるようにすべきだ。そのためには、スパイ禁止法や諜報活動が堂々と行えるよう法改正を急ぐべきであろう。
中国による「目に見えぬ侵略」は、日本でもすでに始まっているのだ。
(初出:月刊『Hanada』2020年5月号)
1955年、大阪府生まれ。元会津大学特任教授。78年、神戸大学海事科学部卒業。損害保険会社を経て、83年に米国際監査会社プライスウォーターハウス公認会計士共同事務所入所、システム監査部マネジャーとして大手ITメーカーや大手通信キャリアのセキュリティー監査を担当する。以来、複数のシステムコンサルティング会社、セキュリティーコンサルティング会社で現場経験を積む。2016年度より現職。リサーチ活動においては、「自分の目で事実確認」することを信条に、当事者や関係者に直接取材。著書に『情報立国・日本の戦争』(角川新書)。