バイデン政権にはチェイニーがいない
バイデンは基本的に外交を国務省に委ねるだろうと先に書いたが、上院議員時代に北朝鮮問題などの補佐官として重用した名うての宥和派フランク・ジャヌージ(現マンスフィールド財団理事長)が仕切り役を任されるかもしれない。
ジャヌージとは、私はこれまで話す機会が何度もあったが、人権問題でそれなりに厳しい発言はするものの、具体的政策となると「一歩一歩互いに譲り合いながら」というスタンスを取る。「それは米側が繰り返し騙されてきたパターンだ」と指摘しても、「それしかない」と言い張るのみである。彼のアドバイスをバイデンが容れることになれば、北の見せかけの核「凍結」措置等に援助や制裁緩和で応じてしまいかねない。
また、国務長官や大統領安保補佐官の候補に名前が上がり、外交分野で一定の役割を果たすと見られるスーザン・ライスは、オバマ政権の安保補佐官時代、北による核ミサイル保有は絶対に認められないと繰り返しながら、退任後、一転して北を核保有国と認めたうえで平和共存の道を探るべきと主張した、無定見を絵に描いたような人物である。
ライスは、クリントン政権で国務長官を務めたマデリーン・オルブライトの弟子で、同じく国際政治の捉え方が甘い。 ライスの母とオルブライトが旧友ということもあって、30代の若さで国務次官補(アフリカ地域担当)に抜擢され、以後、黒人女性を要職に就けて多様性をアピールしたい政権や民主党系のシンクタンクで重用されてきたが、率直に言って実力が伴わない。
同じく黒人女性のコンドリーザ・ライス(ブッシュ長男政権で安保補佐官、国務長官)も明らかに見識不足で、政権末期にクリストファー・ヒル国務次官補と組んで、金融制裁解除など急坂を転げ落ちるような宥和政策を展開し、北の体制を生き延びさせるとともに、核ミサイル開発を加速させる歴史的な失敗を犯した。
実力ある黒人女性なら、もちろん大いに起用すべきである。しかし、単に当人の肌の色や性別を政権のイメージ戦略上有利と見て行うような人事をすべきではない。カマラ・ハリスの副大統領候補起用もそうした悪例の一つである。
ブッシュ政権の場合、保守強硬派のディック・チェイニーが副大統領として陣取り、相当程度ブレーキ役を果たした。 その際、チェイニーにおける抵抗の最後の拠り所が「対北制裁を解除すると、拉致問題を重視する日本との信頼関係が壊れる」だった。
ところが福田康夫政権が、北の拉致被害者「調査委員会」設置と引き換えに制裁の相当部分を解除するという愚行に出たため、チェイニーは梯子を外され、以後、米政権の宥和政策に歯止めが掛からなくなった。
バイデン政権にはチェイニーがいない。菅政権が部分的にでも福田政権の轍を踏むようなことがあれば、日本にとっては拉致問題の解決が遠のき、北の核ミサイル配備も進む最悪の事態となりかねない。
安易な譲歩をしないよう繰り返しバイデンに釘を刺すと同時に、議会強硬派と連携を強めるなど、多角的な対米アプローチを展開していく必要があろう。
バイデン政権は、対イラン政策も、トランプの圧力強化路線からオバマ時代末期の制裁解除、経済交流拡大路線に回帰させるだろう。イラン政府の手元に巨額の核ミサイル開発資金が流れ込み、その一部が長年の「提携先」北朝鮮に回る可能性がある。
以上、あらゆる面で、相当な危機感をもってバイデン政権に対していかねばならない。(初出:月刊『Hanada』2021年1月号)
著者略歴
福井県立大学教授、国家基本問題研究所評議員・企画委員、拉致被害者を救う会全国協議会副会長。1957年大阪府生まれ。京都大学大学院法学研究科政治学専攻博士課程修了。著書に『アメリカ・北朝鮮抗争史』など多数。