日本では報道されない世界を驚愕させた首相電撃辞任の裏側、アジア最後の巨人・マハティール独占インタビュー|末永恵

日本では報道されない世界を驚愕させた首相電撃辞任の裏側、アジア最後の巨人・マハティール独占インタビュー|末永恵

95歳、アジア最後の巨人・マハティール前首相への完全独占インタビューが実現。首相電撃辞任の裏側に隠されたかつてない政治闘争。政変の背後には首謀者と王族との結託までもが見え隠れする。日本では報道されないマレーシア政界の知られざる暗闘を現地在住ジャーナリストの末永恵氏が緊急レポート。


筆者は日本のメディアで初めて、政権交代直後、国王の恩赦で晴れて獄中から自由の身になった、アンワルに単独インタビューを行った。その際、アンワルはこう語っている。

「マハティールとは汚職まみれのナジブ政権打倒で一致団結することを約束し和解した。彼と組んだからマレーシアは政権交代ができた」

しかし、結果的にこの約束事が、2020年2月のマハティール辞任を招き、政権交代を実現した与党連合「希望連盟」(Pakatan Harapan:PH)を事実上、崩壊させる根本的な火種となった。

マハティールとアンワルの関係を振り返ると、1997年に起きたアジア通貨危機への対応で、固定相場制を推したマハティールに対して、アンワル(当時、副首相兼財務相)はIMF(国際通貨基金)の支援を主張し、両者は激しく対立。この時、若かりし頃、反政府組織「マレーシア・イスラム青年同盟」を結成し、イスラム急進派のカリスマ的指導者だったアンワルと、宗教色の拡大を懸念したマハティールとの間には「宗教観の違い」による対立もあったともいわれている。

結局、アンワルはマハティールに副首相兼財務相の職を解任される。また、イスラム教を国教とするマレーシアでは違法な「同性愛行為」と汚職容疑で逮捕されてしまう。

アンワルを強権で解任したマハティールの真意を「絶大な人気を誇った若き政治家を妬んだ」とする批評も一部あるが、筆者はそうは思わない。

敬虔なイスラム教徒であるアンワルを政権に迎え、配下に置くことで宗教色の影響力を抑える狙いはあったが、解任の要因の一つは、イスラム教で禁じられているアンワルによる同性愛が発覚したことが大きい。アンワルは一貫して政治的意図が背景にあり、自身は無実だと今でも主張するが、「彼が同性愛者であることは言わずと知れた事実」(マレーシアの政治学者)というのがマレーシア国民の間でゆるぎない認識だ。

筆者は2020年の12月8日に首都クアラルンプールのマハティールの執務室で単独インタビューを敢行したが、その際、マハティールは「西洋の価値観は、アジアの価値観とは違う。同性愛なども受け入れられない」と応えた。あの時見せた厳しい表情からは、やはり、アンワルをどうしても許せなかったのだろう、と再確認した。

海外でもベストセラーになったマハティールによる800ページを超える回顧録「A Doctor in The House」(英語版。2011年初版、MPHグループパブリッシング)にも、アンワルの同性愛についての記述がある。

こうした長年にわたる敵対関係の和解条件として、2018年5月の総選挙に勝利した際、マハティールは「2年以内に首相の座をアンワルへ禅譲する」と両者や与党内は合意していた。

ところが、2020年2月になっても、マハティールはアンワルとの具体的な首相交代時期を示さなかったため、連立与党内にマハティールに対する懐疑心や亀裂が生じる。いわば、2月にマハティールが電撃辞任する「政変」を招いたのは、マハティール本人だったのだ。アンワルとは和解できず、禅譲を拒んだと見られても仕方がなかった。

「万年ナンバー2」の裏切り

マハティール氏が首相時代、記者会見でその左側に座るかつての”右腕”、赤シャツのムヒディン氏=現首相(筆者・末永恵撮影)

これを好機と捉えた一人が、アンワルと同年齢で長年、古巣与党でカリスマ性のあるアンワルの影に隠れ日の目をみなかったマハティールの腹心、現首相のムヒディン・ヤシン元副首相(73)(以下、ムヒディン)である。

そのムヒディンを実は、これまで巧妙に操ってきたのが、現在、“影の首相”とも揶揄され、61年ぶりの政権交代という快挙の裏側で、アンワル率いる政党「人民正義党」(PKR)の副総裁として、アンワルを20年以上下支えしたアズミン現通産相兼上級相(55)(以下、アズミン。現ムヒディン政権でナンバー2の地位)だ。

ムヒディンとアズミンの2人は、マハティール政権でそれぞれ内相、経済相として入閣していた。
マハティールとアンワルという両雄が袂を分かった際、それぞれ右腕として、マハティールに付いたのが、ムヒディンであり、アンワルに付いたのがアズミンだった。

いわば、「万年ナンバー2」の2人にとって、もし、結果的にアンワルに首相の座が渡れば、自らが掌握する権力への道が閉ざされてしまう。年齢は、親子ほど違う2人だったが、“共通の敵はわが友”。実は、アズミンはアンワルが投獄されていた間、「人民正義党」を実質、切り盛りしていた。首都で連邦直轄地のクアラルンプールを取り囲み、日系企業も集積するマレーシアで最も経済的に発展したスランゴール州の州首相としても実績を積み上げ、党内ではアンワル派とアズミン派の派閥対立を生んでいた。政治家として頭角を現したアズミンをよく思わなかったアンワルの反感も買い、2人の仲は2018年5月の政権交代時点で、もはや取り返しのつかないほど犬猿の仲だった。

マハティールが禅譲を拒み与党内が大きく軋み始めたのをチャンスと見て、2020年2月23日(マハティールが辞任する前日)、ムヒディンとアズミンは古巣「統一マレー国民組織」(UMNO)を抱き込む形で、首相任命権があるアブドラ国王に、連立の組替え(与党連合「希望連盟」のメンバーをたきつけて「統一マレー国民組織」と組む。マレーシアの下院は222人が定数で、過半数は「112」以上の議員の信任が必要)を申し立てた。2人はそれぞれのボスを裏切り、造反し、国会下院の過半数を獲得したとアブドラ国王に進言したのだ。

その際、2人の当面の目的は、共通の敵で次期首相と目された“アンワル外し”だったことから、まずはマハティールに首相としての続投を求めた。

しかし、汚職などで容疑をかけられたナジブ元首相をはじめ、腐敗にまみれ、しかも自らを打倒した「統一マレー国民組織」に担がれるのを拒否したマハティールは、一旦、首相職を辞し、国民から非難される「統一マレー国民組織」との連立でなく、与党内の対立をそぐ狙いで挙国一致体制における首相・再登板という奇策にうって出る。ところが、時すでに遅しだった。

先述したように、マレーシアでは、首相の任命権は国王にあり、「国王が国会下院の過半数の信任を得た国会議員を首相に任命する」ことになっている。

マハティールは、「私は下院の過半数の信任を得ている」と、首相再登板を国王に申し出たが受け入れられず、結局、国王はマハティールの後任だったムヒディン内相を次期首相に任命し、ムヒディン派が権力を握った。

影の首相とも称されるアズミン現通産相兼上級相(筆者・末永恵撮影)

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