米大統領副補佐官が「打倒中共」の号砲|石平

米大統領副補佐官が「打倒中共」の号砲|石平

2020年5月4日、アメリカのマシュー・ポッティンジャー大統領副補佐官(国家安全保障担当)がオンライン・イベントで、英語ではなく中国語で基調演説を行った。それはアメリカ政府高官がホワイトハウスから中国国民向けて演説で直接訴えるという、前代未聞で画期的な事であった。その演説の内容とは──。(初出:『Hanada』2020年7月号)


注目すべきは、この二人の中国知識人に二つの共通点のあることだ。

一つは、まず二人ともアメリカと縁の深い人間であること。胡適は1910年から7年間アメリカに留学し、コーネル大学で農学を学び、コロンビア大学では哲学者ジョン・デューイに師事して文学・哲学を修めた。そういう意味では、中国の近代を代表する思想家・文学者の胡適は、まさにアメリカによって創られた知識人なのである。

張彭春も1915年から、胡適と同様、コロンビア大学で文学と教育学を学び、晩年はアメリカで暮らし、アメリカの地で生涯を終えた。アメリカで教育を受けて、大きな影響を受けていることが大きな共通点だ。

もう一つの共通点は、彼らの反共産主義・反中国共産党という政治姿勢である。

胡適は北京大学教授の時代から一貫してマルクス・レーニン主義を批判し、同じ北京大学教授で中国共産党創設者の一人である李大と論争したことでも有名だ。その後の国民党政府と共産党の戦いにおいて、胡適は当然国民党側に立ち、国民党政府の高官も務めた。1949年に中国共産党が天下を取って政権を樹立すると、胡適はいち早く大陸から脱出してアメリカに亡命した。共産党は文字どおり「不戴天」の敵である。

張彭春は中国国民党の党員として、また国民党政府所属の外交官としては反共であるのは言うまでもない。前述のように、彼も胡適と同様、中国共産党が政権を樹立したためにアメリカ亡命の道を選んだ。

「親米・反共」は張彭春と胡適との大きな共通点である。

ポッティンジャー氏が演説で、「親米・反共」の姿勢を共有するこの二人の歴史上の人物を取り上げて褒め称えた深意の解説は後述するとして、ここでは引き続き演説の内容を追っていこう。

二人の歴史上の人物に言及したのち、ポッティンジャーは現代へと飛び、人権・自由と民主主義の価値観を中核とする「公民意識」の高い中国人たちを次々と取り上げていく。

武漢肺炎の中国政府の情報隠蔽を告発した李文亮医師、習近平の独裁政治を厳しく批判した清華大学の許章潤教授、人権活動家・法学者の許志永氏、そして中国政府の民族弾圧を批判したウイグル人学者のイリハム・トフティ氏らの名前が挙がった。言論の弾圧に屈せず、真実を真実として発信する彼らの姿勢を高く評価したのだ。

このなかでは、とりわけ李文亮医師の事績に詳しく触れ、「一つの声しか許されないような社会は決して健全な社会ではない」という李医師の名言を紹介しながら、言論の自由と多様化の重要性を訴えた。そして中国大文豪の魯迅の言葉を引用して、「インクで書いたは、血で書かれた真実を隠すことができない」と語り、現在の中国共産党政権による真実の隠蔽と言論弾圧を、間接的ながら痛烈に批判したのだ。

ポッティンジャー氏はさらに、去年から中国共産党政権の暴政に抵抗している香港市民の戦いを取り上げ、「これこそが五四運動の精神を受け継いだ、現代の市民運動だ」と賞賛。そして中国国民に対して、一連の問いを投げかけていったのである。

「五四運動の核心思想は政治権力によって点検され、歪曲されなければならないのか」

「五四運動の民主熱望が叶うのは、次の世紀まで待たなければならないのか」

「中国人自身が築き上げてきた五四運動の精神的遺産は、はたして今後の中国で活かされていくのだろうか」

「一部の少数派(権力者)が大多数の民衆の声に従う民主主義の理念が、はたして中国で実現されていくのだろうか」

最後にポッティンジャー氏は、これらの問いに対して唯一答えを出してくれるのは中国人民であること、アメリカ人はじめ世界中の人々が中国人民がどのような答えを出してくるのかを待っていると添えて、この歴史に残る演説を締めくくった。

張彭春

戦略的な演説構成

以上が、ポッティンジャー氏が行った中国語演説の概要である。丹念に読んでいくと、実に綿密にかつ戦略的に構成された内容であることがわかる。

たとえば、「五四精神」の現代の継承者として、時の人である李文亮医師の名をあげたのが巧妙だ。中国国民の琴線に触れるための工夫が凝らされている。

五四運動の記念日に合わせて行ったこの演説は、終始一貫「五四精神」を訴えることに徹しており、ここにも戦略が見え隠れしている。

現在の中国では、一定の教育を受けた人であれば誰でも「五四精神」のことを、それが啓蒙主義と民主主義の結晶であることを知っている。したがって、「五四精神」を持ち出して真実を真実として認めることの大事さ、民主主義理念の大切さを中国人に訴えるのは、もっとも有効なアプローチなのである。

そのうえ、実は中国共産党自身が、自分たちこそが「五四精神」の継承者だと自称して「五四運動」を高く評価しているから、「五四運動」を盾に民主主義を唱えるというポッティンジャー氏の演説に対し、共産党政権は正面から攻撃することができない。ポッティンジャー氏は中国共産党が反論できない「五四精神」を活用し、アメリカがその代弁者となっている自由と民主主義の理念を中国人民に訴え、中国における意識革命と体制の転換を促そうとしたのだ。

演説の前段に「五四精神」を代表する胡適と張彭春という二人の知識人を取り上げたことの深意もここにある。アメリカで教育を受け、アメリカから多大な影響を受けた二人の知識人が近代における中国の「五四精神」の代弁者であるならば、現在の中国人にとっての「五四精神」は、まさにアメリカが提唱し尊重している自由と民主の普遍的価値観である。したがって、中国人民はアメリカ人とはこの普遍的な価値観を共有するべき仲間であって、同じ共同戦線の友なのだ、と言いたいのだ。

つまりポッティンジャー氏はこの演説で、アメリカ合衆国とアメリカ人と、普遍的な価値観を求める中国人民との連帯感を訴え、アメリカが中国における自由と民主の理念実現に積極的にかかわっていく意思を示したのである。

共産党が「五四精神」の敵

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