画期的な中国語演説
2020年5月4日、アメリカのマシュー・ポッティンジャー大統領副補佐官(国家安全保障担当)は、米中関係に関するオンライン・イベントで、英語ではなく得意の中国語で基調演説を行った。
これは米バージニア州のミラー・センターが主催したインターネット・シンポジウムでのもので、ポッティンジャー氏が実際に演説を行った場所はホワイトハウスである。
彼が英語ではなく、わざわざ中国語を使ってスピーチしたことは興味深い。シンポジウム参加者や海外の中国人はみな英語を理解しているのだから、本来は英語ですればいいはずだ。にもかかわらず中国語で行ったのは、ポッティンジャー氏が英語の分からない中国国内の一般人を意識したことは明らかである。
要するに、米国政府の高官が、ホワイトハウスから中国国民向けの演説を行って直接訴えたのである。これは米中関係史上、前代未聞の出来事であり、画期的な行動なのである。
ポッティンジャー氏は、一体何のためにこのような演説を行い、そして中国国民に何を訴えたのか。
それを理解してもらうためには、まずポッティンジャー氏の来歴と、彼が演説を行った五月四日が中国政治史上、どのような意味を持っているか、簡単に説明しておこう。
ポッティンジャー氏は現在46歳。若い頃、マサチューセッツ大学で中国研究を専攻。流暢な中国語はおそらくその時から学び始めたのであろう。卒業後、ロイター通信に記者として就職。2001年にはウォール・ストリート・ジャーナルに転職し、北京特派員として中国各地を飛び回ることとなった。
中国では環境汚染問題、汚職問題、新型肺炎(SARS)の流行などを取材し、「アジア出版者協会」賞を受賞したこともある。中国政府が嫌がるそれらの・敏感問題・を取材するなかで、ポッティンジャー氏は一度、中国警察に拘束され、酷い目にあったこともあるという。
その後は新聞記者をやめて米海兵隊に入り、幹部学校を経て海兵隊少尉に任官された。海兵隊勤務時代では沖縄に駐留したほか、イラクやアフガニスタンで実戦に参加。
そして2017年3月、トランプ政権の誕生に伴って、一旦民間人になったポッティンジャー氏は政権の安全保障問題を担当する国家安全保障会議のアジア上級部長に起用された。2019年9月には、アジア上級部長留任のまま大統領副補佐官に昇進。それ以来、ポッティンジャー氏はトランプ政権の対中戦略制定のキーマンの一人となった。
この異色の経歴からも分かるように、彼こそがトランプ政権中枢における対中強硬派の中心人物なのだ。
「五四」に込められた意味
次に、対中演説を行った5月4日はどういう日なのか。この日は、1919年に中国で起きた「五四運動」の記念日だ。
1919年5月4日、中国の主権を無視した、パリ講和会議のベルサイユ条約に不満を持った北京の大学生たちが抗議デモを起こした。
当初は国家の主権を守ろうとする愛国運動の様相を呈していたが、運動が広がっていくなかで、学生や知識人たちが科学精神と民主主義をもって中国を改革していくことを唱えたため、中国の啓蒙運動と民主化運動の先駆けとして位置づけられるようになった。
近代以来の中国では、「五四運動の精神」といえば、それはすなわち「迷信に対する科学精神の尊重」と「専制政治に対する民主主義の推進」を意味するものとなっている。
筆者自身が参加者の一人であった1989年の天安門民主化運動が起きた時も、若者たちはまさに「五四運動」の継承者だと自任して、「五四精神の高揚」を訴えた。1919年からの100年間、「五四」という言葉は、中国における啓蒙と民主主義の代名詞ともなっているのである。
ポッティンジャー氏が、「五四運動」の記念日に合わせて中国人民向けの演説を行ったことの意図は明々白々であろう。彼の演説内容を丹念に聞いていくと、それはまさしく中国人の民主主義意識の高まりと、中国の民主化の推進を促そうとしたものであることがすぐにわかる。