キリスト教の「モーセの十戒」になぞらえて、「ラマスワミの十戒」とのタイトルがアメリカのメディアを席巻した。もちろん、イーロン・マスクが称賛したことも多くの記事になっている。
その投稿に添付されていた動画は、8月12日のアイオワ州での演説の模様だったが、その日のことは別の角度からもニュースになっていた。実はその演説後に彼は、世界的に有名なラッパーのエミネムの「Lose Yourself」(2002年)という曲を見事に歌ってみせたのだ。たちまち話題になり、これには政治的立場が違うはずのCNNの現地の女性レポーターとスタジオの司会の女性も「彼は(ラップの歌唱が)成功したようですね」「個性を発揮していたようですね」と笑顔で紹介していた。これによって彼は論理的なイメージとともに、ギャップのあるお茶目な部分を披露したわけだが、同年齢の私は非常に親近感を抱いた。現地の同世代の有権者には尚更響いたに違いない。
現実主義的な外交政策
さて、日本人として気になるのは外交政策だが、8月18日、ニクソン大統領図書館で外交政策を発表した。この場所を外交政策発表の場所に選んだことにも大きな意味がある。40分程の演説の後、質疑応答が行われた。
まず根本的な思想は、ネオコンやリベラルの覇権の時代から、リアリズムと謝罪をしないアメリカ・ナショナリズムの時代へと導くというものだ。その根本にあるのはMAGA(アメリカを再び偉大にする)である。そのビジョンは現実主義であり、道徳主義ではない。ニクソニアン・リアリズムの復活を提唱する彼の外交政策の北極星(※筆者注:本人の言葉。目指すべき道標、中心となるものという意味か)を、ニクソン・ドクトリンと組み合わせたモダン・モンロー・ドクトリン(現代モンロー主義)と彼は呼んでいる。「他国の安全保障はそれぞれの国がまず自分で守るというニクソン・ドクトリン」を復活させた上で、「他国にはアメリカに手を出させない」現代モンロー主義。その例として、アメリカ本土内での中国の気球の飛行、キューバ等の中国の基地の存在、メキシコ経由での中国製のフェンタニル(※筆者注:違法薬物の一種)の流入をあげ、それらに屈しない姿勢を示した。
また、大統領に就任したときの外交における最初の成果として、アメリカの国益を強める形でウクライナ戦争を終わらせたいと言う。他国の国境を米国の兵力で守るのではなく、不法移民が押し寄せている自国の南の国境を守りたいという前提がそこにはある。そのためにも1972年に中国を訪れたニクソン大統領のやり方を真似たいというのだ。米国が直面したかつての冷戦は、中国相手ではなくソ連であった。毛沢東がブレジネフと戦略的な関係にあることが国際的社会でアメリカを脅かしていると認識したニクソンが、毛沢東を中ソ関係から引き離すべく中国を訪問した。その前提があったから、その後レーガン大統領が冷戦を終わらせることが出来たのだと彼は言う。
そしてソ連崩壊後の現在の脅威は、米国が依存している共産中国という敵になったと主張する。歴史は繰り返し、中露関係が再び米国にとって軍事的にも経済的にも最大の脅威になっていると彼は位置付ける。その認識であるため、ラマスワミは、プーチン大統領が中露関係を抜けることを条件にウクライナでの戦争を終わらせるのだと主張する。
共和党、民主党を問わず、外交のエスタブリッシュメントは、中国側にプーチンを切り離すよう嘆願しているが、実際にすべきことはプーチン側が習近平を切り離すようにすることだ、とラマスワミは言う。ビジネスと同様、外交におけるリアリズムでは皆が得るものがないといけないので、まず、ウクライナにはNATO加盟を認めない。そしてその見返りとして、プーチンには①中国との軍事協力関係を抜けること、②(リトアニアとポーランドに挟まれたロシアの飛び地である)カリーニングラードの核を撤去すること、③キューバ、ベネズエラ、ニカラグアを含む西半球でのロシアの軍事プレゼンスの放棄をさせること、を必要条件とするという。それが守られれば、大統領として初年度の2025年にはモスクワへ飛び、ニクソンが中国に対して行ったように、米露の経済関係を再開するとのことだ。互いのことは信用出来ずとも、互いが自国の国益を追求することは信用出来るという考えだ。