第9条に絡んで、血統や出身に拘れば、「琉球民族のルーツ」が固定化されかねないという心配もあった。というのも、新手の琉球独立運動とでもいうべき琉球民族独立総合研究学会の国連におけるロビー活動がここ数年盛んだからである。
今年4月17日から28日にかけて、ニューヨークの国連本部にて、社会経済理事会が主催する「第二十二回セッション(テーマ「先住民族、人類の健康、地球と領土の健全性、気候変動:権利に基づくアプローチ」)が行われた。琉球民族独立総合研究学会は、この会議の場にアレクシス大城(うふぐしく)氏(米国カリフォルニア大学サンタクルーズ校大学院生)を代表として送り、辺野古に建設中の米海兵隊普天間飛行場の代替施設について、県⺠投票で70%以上が反対したが、以後も建設を続行する日本政府と米軍は「先住⺠族の権利に関する国連宣言」の複数の条項を侵害していると糾弾した。戦没者遺骨が埋まる南部土砂を使う計画にも触れ、辺野古移設は自己決定権を定めた宣言の第3条や、遺骨の返還などを定めた第12条に違反すると訴えた。ただし、最後のこの主張については事実誤認がある。沖縄戦で亡くなったのは県民約15万人、日本軍約7万8千人、米軍など約1万4千人であり、確率的にいって県民である可能性は62%である。
問題は、「先住民」の定義に「琉球民族」が当てはまるか否かだ。これについては、12世紀の南走平氏の口伝(尚王朝開闢にまつわる「尚王朝の開祖は平氏である」という伝説)や大和(日本)からの度重なる禅宗仏僧の来琉、1609年の島津の琉球侵攻以降、那覇に置かれていた薩摩の在番奉行所から王朝官吏への転籍の事例(戦後琉球政府主席を務めた當間重剛の先祖に当たる當間重陳など)、薩摩・大阪の寄留商人が婚姻によって土着化した事例も多く、古代から近世までの歌謡を集めた『おもろさうし』からは大和や薩摩の風俗の沖縄における流行(たとえば鎧兜や日本刀など「床の間」でのお飾り)が読み取れるなど、いわゆる琉球民族は「先住民」の要件を満たしているとは言い難いのではないか、と筆者は考えている。
これに関連して、国立科学博物館の監修した映画『スギメ』(門田修監督/2021年)を参考にすると、DNAを2〜3万年前まで遡れば、日本人の祖先は「3万2千年前の山下町洞人=那覇市山下町で発見された人骨」であり、「2万7千年前のピンザアブ洞人=宮古島ピンザアブ洞窟で発見された人骨」であり、「2万年前の港川人=八重瀬町港川で発見された人骨」である、という事実に辿り着く。5万年前にアフリカ大陸に出現し、南廻り(島伝い)で黒潮を越えて台湾から琉球諸島に辿り着いたホモサピエンスと、同じく5万年前にアフリカ大陸に出現し、北廻り(陸伝い)で中国・朝鮮半島・カムチャツカ半島などを経て日本列島に辿り着いたホモサピエンスが混血した結果生まれたのが原日本人(縄文人、弥生人)であるとすれば、はっきりいって琉球人・日本人の生まれた順序、どちらが先住民であるかなどどうでもよくなってくる。「ホモサピエンス」にとって、数千年の時間差など誤差の範疇だからだ。
しかも、玉城デニー沖縄県知事や県政与党議員など知事のお仲間たちが拘る「第9条」には行政上の用語として「(沖縄)県民」としか書かれておらず、「琉球民族」とはどこにも書かれていない。SNSやネットに「琉球人は土人」と書きこめる可能性があるという意味だ。これはこれでチグハグな話で、琉球ナショナリストを標榜する琉球民族独立総合研究学会のメンバーなら怒りだしかねない。
先にも触れたように、「本邦外出身者に対する不当な差別的言動」は久我信太郎氏の発信をきっかけとしたものだが、それを抑止するために条例を制定したものの、久我氏はいまや発信を止めてしまっている。「条例制定の効果」の効果といえば効果だが、久我氏は「どこ吹く風」といった姿勢である。
結局のところ、「沖縄県人権条例」は、新任中国大使の着任や玉城知事訪中にあわせて制定されたという「疑惑」が濃厚である。中国社会では外国人やLGBTQは尊重されていないが、「中国人観光客向け」の「ヘイト・スピーチ」を防止する条例であることを強調しながら中国に媚びを売る。ただ、それだけのために条例を制定したのではないか。玉城知事の思惑が透けて見えそうな、なんとも不可解な条例である。
1956年、山梨県生まれ。大学教員を経て評論家。経済学博士(成城大学)。著書に『外連(けれん)の島・沖縄――基地と補助金のタブー』(飛鳥新社)、『日本ロック雑誌クロニクル』(太田出版)、『J-ROCKベスト123』、『沖縄ナンクル読本』(講談社)、共著に『沖縄の不都合な真実』(新潮新書)など。