第10条 県は、本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律(平成28年法律第68号)の趣旨を踏まえ、本邦外出身者等に対する不当な差別的言動(本邦外出身者等(本邦の域外にある国若しくは地域の出身である者又はその子孫をいう。以下この条及び次条において同じ。)に対する差別的意識を助長し、又は誘発する目的で公然とその生命、身体、自由、名誉若しくは財産に危害を加える旨を告知し、又は本邦外出身者等を著しく侮蔑するなど、本邦の域外にある国又は地域の出身であることを理由として、本邦外出身者等を地域社会から排除することを煽動する不当な差別的言動をいう。
「平成28年法律第68号」とは、おもに在留特別許可を持つ在日コリアンを念頭に制定された通称「ヘイトスピーチ法」のことを指しているが、沖縄に在日コリアンは少ない。「本邦外出身者等」とは、ここではシーサー平和運動センターが非難の対象に選んだ中国からの観光客のことを指しているのは明らかで、シーサー平和運動センターのスピーチは「本邦外出身者等に対する差別的言動」に当たる可能性は高い。
ただ、「必ずしもそうとはいえない」という説もある。なぜなら「地域社会から観光客としての中国人を排除する意思」を読み取りにくいからだ。ネット上に残されているシーサー平和運動センターの動画は、久我信太郎氏のパートナーだった田野まり子氏(故人)による「スーツケースを持った中国人観光客を追いかけ回し、相手を激怒させ、反論させるパフォーマンス」である(https://youtu.be/Cj0ZlfvYLlc)。
どう見てもこれは「やり過ぎパフォーマンス」なので、「地域社会から排除することを煽動する不当な差別的言動」といえるかどうか疑問だ。むしろ、この中国人に同情が集まる効果すらある。
現に、反ヘイト団体「沖縄カウンターズ」がこの動画を見て、「ヘイトスピーチだ!」と、那覇市役所前への結集を呼びかけたところ、5人から10人程度の「市民」が集まってきて、シーサー平和運動センターの活動を150週以上(3年近く)にわたって妨げてきたという。沖縄タイムスの阿部岳(あべ・たかし)編集委員やジャーナリストの安田浩一氏は、これを「市民による反ヘイトスピーチ運動の成果」だという。
この条例によれば、県内で「本邦外出身者」に対するヘイトスピーチが「発見」され、県当局に通報されると、県は国の関係部局に通知すると同時に、条例に基づいて設置された「沖縄県差別のない社会づくり審議会」に付して審議させ、「ヘイトスピーチ」認定を受けたら知事の責任で公表するという仕組みになっている。意外なほど時間がかかりそうだ。おまけに罰則規定もない。
現状でもシーサー平和運動センターの上記の動画はYouTubeから削除されていない。YouTubeの投稿削除規定と世間一般の政治的判断との「ミスマッチ」が原因である。そもそも、毎週のように市役所前で行われていたシーサー平和運動センターのスピーチは3年前から行われておらず、復活の兆しもないが、それを「成果」と呼んで良いものかどうかわからない。「スピーチを止めた」のはシーサー平和運動センター側の事情でもある。成果があるとすれば、「新任中国大使の着任に合わせて成立させた」ということぐらいか。
中国公安警察が那覇に?
条例可決から約一週間後の4月8日午後、筆者は沖縄県会議事堂に赴き、条例案に「継続審議」を主張して反対した自民党県議団のうち、座波一(ざは・はじめ)氏と新垣淑豊(あらかき・よしとよ)氏のふたりに話を聴いた。
「裁決の結果は賛成29、反対18でした。事前には予想できなかったことですが、中立会派まで賛成に回ってしまい、とても残念でした」と座波県議は嘆く。
「中国の公安当局が(県庁の近くの)那覇市久茂地あたりに事務所を構えているという噂があるんですが、その真偽を確かめるよりも先に条例が可決されてしまいました。もう少ししっかりした議論を続けた後でも遅くはなかったと思います」
新垣県議は、「用語の定義もろくに行われないまま裁決されてしまいました。3年後の見直しが附則に盛りこまれていますが、いったいどうなるんでしょう」という。「県庁の担当者が昨年度までの任期だったので、それにあわせて成立させたという『やった感』が強いですね」
「中国公安」云々という話は、中国が自国警察の出先機関を外国に設けて中国人詐欺犯の取り締まりを行っている、というスペインに本部を置くNGO、Safeguard Defendersによる「中国警察の国境を越えた暴走」(2022年9月)と題する報告書に基づく話である。これが国際法に違反し、各国の主権を侵害するのは明らかで、日本では東京・秋葉原の事務所(ホテル内)の住所が開示されているほか、那覇市にも中国警察の出先機関が設けられているという「噂」がある。
このNGOの報告書を受けるかのように、今年4月17日には、アメリカの司法省が、中国公安省がニューヨークに設けた闇警察の設置・運営に関わったとして、中国系米国人の男2人の逮捕を発表しているが、スパイ防止法を欠いた日本の国内法では対処できない可能性が高い。