避難指示解除を巡る大嘘
しかし、小手川記者の印象操作はこれに留まらない。これに続く次の部分で大事故を起こしてしまった。まずは問題部分を引用しておく。
〈わき道はアスファルトで舗装されているが、きれいなのは途中まで。病院に近づくと、路面は色あせ、ひびが入り、盛り上がった跡が残る。男性がつぶやいた。 「この先はあと10年は人が住めねえよ」 実際に避難指示解除の見通しはまったくたたない〉
この部分は明確に事実に反している。この記事の取材地(双葉病院が指定されている帰還困難区域)については、令和2年12月25日、原子力災害対策本部による「特定復興再生拠点区域外の土地活用に向けた避難指示解除について」に避難指示解除の前提が示されている。「見通しはまったくたたない」というのは、この事実を知らないのか、知っていてもあえて記述しないで読者を欺こうとするのかのいずれかである。
この点を追及するにあたり、エビデンスとなる上記、原子力災害対策本部による資料を確認しておこう。
〈この帰還困難区域について、地元からの要望や与党の提言を受けて、「帰還困難区域の取扱いに関する考え方」(平成28年8月31日原子力災害対策本部・復興推進会議)において、同区域の中に、線量の低下状況も踏まえて五年を目途に避難指示を解除し、居住を可能とすることを目指す特定復興再生拠点区域を整備するという基本方針を示し、特定復興再生拠点区域外の帰還困難区域(以下「拠点区域外」という。)についても、「たとえ長い年月を要するとしても、将来的に帰還困難区域の全てを避難指示解除し、復興・再生に責任を持って取り組むとの決意」を示した。
その後、拠点区域外については、〈「復興・創生期間」後における東日本大震災からの復興の基本方針」(令和元年12月20日閣議決定)において、「それぞれの地域の実情や、土地活用の意向や動向等の現状分析、地方公共団体の要望等を踏まえ、避難指示の解除に向け、今後の政策の方向性について検討を進める」との方針を示した。
こうした状況において、住民の拠点区域外への帰還・居住に向けた避難指示解除の方針を早急に示してほしいという従前からの強い要望がある中、一部の地元自治体から、拠点区域外の土地活用に向けて、避難指示を解除してほしいとの要望があった。これを受けて、令和2年5月、与党からも申入れがなされた〉(出典:特定復興再生拠点区域外の土地活用に向けた避難指示解除についてhttps://www.meti.go.jp/earthquake/nuclear/kinkyu/pdf/2020/honbun.pdf) ポイントは、「一部の地元自治体から、拠点区域外の土地活用に向けて、避難指示を解除してほしいとの要望があった」という点である。住民が切望する避難指示解除に向けて、国も前向きに取り組んでいる。これが事実だ。そして、これは小手川記者が切り取った「人が住めねえよ」という住民の存在とも矛盾しない。
大多数の住民が避難指示解除を求め、それが地元自治体の意思として国に伝えられる状況であっても、全員がその方針に賛成というわけではないからだ。
小手川記者の問題点は、大多数の声を切り捨てて、自分がたまたま出会った一住民の声を自治体全体の声であるかのような印象を与えている点だ。これはわざとやったことなのか? 朝日新聞には検証する責任があるだろう。
地元住民の「思い」は無視
さらに、もう一つ小手川記者にとって不都合な事実を指摘しておきたい。取材地である双葉病院の周辺は、なんとこの避難指示解除の対象になる線量の条件を十分に満たしているのだ。まず、線量の基準を確認しておこう。
〈土地活用地点の平均空間線量率が毎時3・8マイクロシーベルトを大きく超えないこと。土地活用の実施に当たっては、廃棄物等の発生抑制に努めること、生じた廃棄物等については事業実施者の責任において処理が可能であること〉(出典:帰還困難区域[特定復興再生拠点区域外]における避難指示解除を伴う土地活用の実施について)(https://www.meti.go.jp/earthquake/nuclear/kinkyu/pdf/2020/guidelines.pdf)
避難指示解除の対象となる条件として、「平均空間線量率が毎時3・8マイクロシーベルトを大きく超えない」という数値が示されている。では、双葉病院周辺の現在の線量はどのくらいか。原子力規制委員会が直近の数値を発表している(帰還困難区域《特定復興再生拠点区域外》における避難指示解除を伴う土地活用の実施について)(https://www.meti.go.jp/earthquake/nuclear/kinkyu/pdf/2020/guidelines.pdf)。
令和3年3月5日午前9時35分現在、双葉病院に近い地点では、高いところでも「大熊町文化センター」の1・460μSv/h、低いところだと「熊二区地区集会所」の0・612μSv/hとなっている。いずれの地点も、国の基準である3・8μSv/hにはほど遠いレベルだ。
小手川記者は、ネットで検索可能なこの程度の事実確認も行わなかったのだろうか? さらに、地域の要望に基づいて避難指示解除を進め、復興に向かおうとしている地元住民の「思い」を無視し、実在するかどうかも不明な「住民」の「この先はあと10年は人が住めねえよ」などというコメントを恣意的に摘示しているのはなぜなのか? この点の疑惑については後述する。