日本取り込みの第一歩「RCEP」
さて、日本である。中国はわが国にいま盛んに微笑外交を展開中だ。20年前、彼らは米国に狙いを定め、射止めた。いま彼らが狙っているのは日本である。
なぜ中国は日本接近を図るのか。米国が中国の嘘に気づき、米国よりも親中的だった欧州諸国も中国の香港に対する弾圧、ウイグル人の強制収容などで、対中警戒の輪に加わった。先進国のなかで中国は孤立したのだ。二度目の厳しい孤立である。
かつて天安門事件で彼らは孤立し、国際社会の経済制裁を受けた。当時、彼らは制裁の輪の一番弱い国は日本だと見てとって、日本に集中的に働きかけ、日本を落とした。そして世界の経済制裁は解除された。
今回も、一番脆弱なのが日本だと彼らは見て取っている。米中対立から始まった中国孤立の状況を、日本を突き崩すことで一変させたいと目論んでいる。日本取り込みの第一歩が、東アジア地域的包括的経済連携(RCEP)の締結であろう。
2020年11月15日にRCEPの署名が終わると、習主席は20日、今度は環太平洋経済連携協定(TPP)加盟に言及した。中国が経済強国として、米国にとって替わり、確固たる覇権を打ち立てるためのホップ、ステップ、ジャンプが、WTO、RCEP、TPPであろう。
WTOは企業の自由な活動を担保し、国家介入を排除する自由経済の枠組みだ。加盟から20年が過ぎたが、中国はいまも国有企業がGDPの4分の1を担い、内外の企業に共産党の細胞組織設置を求める。あれほど熱意を込めて米国および世界に、中国は自由経済の枠組みとしてのWTOのルールを守ると誓いを立てた。
にもかかわらず、ルールは守らず、WTOを利用して自国の利益を貪るばかりだった。
その中国がいま、RCEPの中心に座った。ASEAN諸国と日中豪韓ニュージーランドの15カ国からなるRCEPは、日本の努力にもかかわらず、インドが脱落したまま成立した。
RCEPは関税の撤廃率など、基準は緩い。そのことを以て、RCEPの意義を低く見る経済の専門家がいる。しかし、中国が中心軸となった国際連携が南シナ海と西太平洋にまたがる形でできたことの政治的、戦略的影響は非常に大きいだろう。
弾みをつけた中国は、より高い基準のTPP加盟への意欲を明らかにしたが、TPPには米国が入っていない。トランプ大統領が離脱し、バイデン氏にもTPP回帰の気配はいまのところ見えない。米国抜きなら、中国によるTPP乗っ取りの第一歩は、TPP加盟国のなかの大国、日本を説得することだ。
建国から100年の2049年までに、中国は世界にそびえ立つ中華帝国を目指す。中国が世界を支配する最大の鍵は経済である。インド抜きのRCEP締結に始まり、米国抜きのTPP加盟に中国が執念を燃やす理由もそこにある。
孔大使が強調した「和を以て貴しとなす」という「中国の」伝統は、世界覇権を目指す彼らにとって非常に重要な権威づけなのである。
嘘も100回言えば真実になる
米中関係に続いて、孔大使は武漢ウイルス、香港に施行した国家安全維持法、華為とTikTok問題、中印国境問題などについて、国際社会には通用しない中国の自説を主張し続け、最後のほうで日本との問題を取り上げている。
近年、「日中関係が必ずしも順風満帆でなかった主な原因」は「安全保障分野の疑念」が「際立ったネックになっ」ている、と孔大使は書いた。そのとおりだ。中国が人類史上類例のない軍拡路線をひた走ってきたことがネックなのである。だが、孔大使は中国の責任を自覚するのでなく、他人事のような書き方である。
尖閣問題についてはこう述べている。
日中両国は1972年に国交正常化交渉を行い、当時両国の先輩指導者は「釣魚島問題をひとまず置いて、今後の解決に待つ」ことで重要な了解と共通認識を得た。中国は「係争の棚上げ」という共通認識に基づき、過去長い期間、自制的態度を続けてきた、と。
これこそ伝統的な中国の嘘の繰り返しである。孔大使の言う「両国の先輩指導者」とは、日中国交正常化に携わった田中角栄首相と周恩来首相のことだ。国交正常化から6年がすぎて、1978年10月に鄧小平副首相が日中平和友好条約締結のために来日した。その25日、鄧小平は尖閣問題について、日本記者クラブでこう語った。
「(1972年の)国交正常化のさい、双方はこれ(尖閣問題)に触れないと約束した。今回、平和友好条約交渉のさいも同じくこの問題にふれないことで一致した。(中略)一部の人はこういう問題を借りて中日関係に水をさしたがっている。(中略)こういう問題は一時タナ上げしても構わないと思う。10年タナ上げしても構わない」
記者会見での鄧小平発言を当時の日本政府は直ちに表立って否定すべきだったが、そうはしなかった。常に中国に配慮して言うべきことを言わないのが、日本外交の卑屈な欠点だ。だが、鄧小平発言から32年がすぎた2010年に、日本政府は「タナ上げ」した事実はないことを確認している。タナ上げはなかったと証明する過程で、田中・周会談の記録も公表された。そのなかで、田中首相は中国側にこう語りかけている。
「尖閣諸島についてどう思うか。私のところに、いろいろ言ってくる人がいる」
これに対し、周恩来は「尖閣諸島問題については、今回は話したくない。今、これを話すのはよくない。石油が出るから、これが問題になった。石油が出なければ、台湾も米国も問題にしない」と述べた。
まさにこれが歴史の真実である。周恩来は、尖閣周辺に「石油が出るからこれが問題になった」と吐露している。国連アジア極東経済委員会(ECAFE)が、尖閣周辺に豊富な石油が埋蔵されている可能性を発表したのが1968年だった。すると突然、台湾と中国が領有権を主張し始めたのだ。
それ以前は、中国は日本の岩だらけの小さな領土には全く無関心だった。領有権を主張したこともない。日本の領有権に横やりを入れたこともない。即ち、尖閣諸島は日本領だった。それを中国も認めていたということだ。
78年当時、鄧小平はまず、尖閣をいつの日か奪うための種をそっと撒いたのである。それがタナ上げ論だ。その後、中国はこの偽りを事あるごとに繰り返した。ゲッペルスが豪語したように、嘘も100回言えば真実になる。平和ボケした日本国の政治家や外務省は、中国の策略に気づくべくもなかった。中国の意図を警戒するどころか、中国に遠慮し、配慮した。鄧小平発言を咎めることもなく、平和条約締結をきっかけに前代未聞の大規模援助を中国に与え始めたのだ。