耳を澄ませたい昭和史の声|早坂隆

耳を澄ませたい昭和史の声|早坂隆

時代が令和となり、昭和が遠くなるにつれて、先の大戦に関する議論も「机上の空論」になりつつある。そんないまこそ、改めて戦争体験者の生の声に立ち返るべきではないだろうか。  


「あゝモンテンルパの夜は更けて」

宮本さんが刑務所生活に慣れてきた11月には、寺本徳次と中野静夫という2人の元兵士に死刑が執行されることになった。

「寺本さんとは同じ監房だった時期もありました。中野さんは憲兵隊の上官だった人です。フィリピンで『憲兵の中野中尉』と言えば、やり手で有名でした。そんな中野さんが刑場へ連れて行かれる際、鉄格子の前に立って私の名前を呼び、『おい、これから行くぞ。おまえ、しっかりせいよ』と言ったんです。中野さんは最後まで恬淡としていました。私はその時、何と声をかけたらいいのかわかりませんでした。結局、『そうですか』と言っただけ。その時、『日本語というのは言葉が少ないな』と思いました」  

1949年11月には、新たな教誨師として真言宗宝蔵院の住職だった加賀尾秀忍がモンテンルパにやってきた。加賀尾は「助命嘆願運動」に尽力した。  

1951年1月19日、14名の死刑囚が夕食後に呼び出された。当時の刑務所内では「減刑」の噂も立っており、周囲は、「減刑か、帰国だ」と沸き立った。  

14名のうちの13名は「中村ケース」と呼ばれるセブ島での村人殺害事件の犯人とされた者たちだった。しかし、そのうちの少なくとも6名は、セブ島に行ったことさえなく、冤罪の可能性が強く疑われていた。宮本さんはこの時のことをこう語る。

「減刑だという声が上がったのですが、私のなかでは『執行ではないか』という不安も少しありました。とにかく心配で朝まで眠れなかったのをよく覚えています」  

明け方、加賀尾が戻ってきた。そして、その夜に起きたことの一部始終を話してくれた。 それは、14名がそのまま処刑されてしまったという事実だった。ある者は、「天皇陛下万歳」と叫び、またある者は、「死にたくない」と絶叫したという。  

この日以降、死刑囚たちは改めて死の恐怖に怯えるようになった。そんな彼らのために加賀尾が思い立ったのが「歌をつくること」だった。こうして収監者たちによる曲作りが始まった。  

1952年9月、「あゝモンテンルパの夜は更けて」のタイトルで発売されたこの曲は、日本国内で大きな話題を呼んだ。歌ったのは当時の人気歌手、渡辺はま子である。  

この歌を契機として、助命嘆願運動は一挙に拡大。同年12月には渡辺はま子がモンテンルパの地を訪れた。宮本さんが言う。

「小さなステージをつくって、花で飾りました。渡辺さんの歌を聴きながら、泣いている者も多くいました。皆で声を揃えて歌ったことを覚えています」  

その後、「恩赦」というかたちで、収監者たちの帰国がついに決定。1953年7月22日、宮本さんたちを乗せた「白山丸」が、横浜港の大桟橋に着岸した。  

日本を出た時、20歳だった宮本さんは、すでに32歳になっていた。(初出:月刊『Hanada』2020年10月号)

昭和史の声

著者略歴

早坂隆

https://hanada-plus.jp/articles/282

1973年、愛知県生まれ。ノンフィクション作家。大磯町立図書館協議会委員長。主な著作に『ペリリュー玉砕』『指揮官の決断 満州とアッツの将軍 樋口季一郎』『永田鉄山 昭和陸軍「運命の男」』(いずれも文春新書)など。『昭和十七年の夏 幻の甲子園』(文藝春秋)でミズノスポーツライター賞最優秀賞受賞。【公式ツイッター】https://twitter.com/dig_nonfiction

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