モリソン首相はいま、豪州の主権を守るために獅子奮迅の戦いを続けている。モリソン政権は、新たに「外国関係法案」を国会に提出し、年内の成立を目指している。
この法律は、州政府、市、大学、研究所などが外国政府との間で結んだ協定を見直し、豪州の国益に反すると判断すれば廃棄できる権限を連邦政府に与えるものだ。姉妹都市協定も含まれる。モリソン政権がこのような立法を目指すのには相応の理由がある。ビクトリア州の労働党政権の暴走を止めるためだ。
美しいメルボルンを擁するビクトリア州の労働党政権は、連邦政府の反対にも耳を貸さず、中国政府と一帯一路に参加する覚書を交わしてしまった。
外交は連邦政府の管轄で、州政府が連邦政府の意向に反して外国政府と大規模なプロジェクトに関する合意を交わすのは憲法違反の疑いがあるのだが、この想定外の出来事に際して、連邦政府は有効な手段を持っておらず、ジレンマに陥ったことは以前書いた。
その後の報道では、ビクトリア州のダニエル・アンドリューズ州首相は、モリソン首相やインテリジェンス機関から再三、「一帯一路に参加することのリスクについて」ブリーフィングをオファーされていたにもかかわらず、無視し続けていたことが暴露された。
アンドリューズ州首相は無知なのではなく、意図的にビクトリア州を中国直轄地にしてしまうつもりなのかもしれない。業を煮やしたモリソン首相は、前述の法律を作ることを決意した。クライブ・ハミルトン教授の『目に見えぬ侵略』(小社刊)で暴露された「サイレント・インベージョン」の脅威を排し、主権を守るための戦いだ。
この法律が成立すると、これまで各州が外国政府と結んできた130以上の合意事項が見直されることになる。主たるターゲットは中国だが、日本を含む30以上の国々との合意が対象となる。
現在わかっているだけでも、中国とは48、日本とは16、インドとは12の合意があるという。もし、外務大臣が国益に反すると判断したら破棄の対象となる。もちろん本丸は、ビクトリア州がのめり込む一帯一路だ。
日本は豪州を孤立させてはならない
この動きを受けて、アンドリューズ州首相は、「ビクトリア州は天然資源がなくて、中国人留学生に依存している。モリソン首相は他に得意先を教えてくれるんだろうな」などと反抗的なコメントをした。
サイレント・インベージョンは地方からやってくる。偶然なのか必然なのか、ビクトリア州で新型コロナ感染が再拡大し、メルボルンは再度ロックダウンに陥った。
この内なる敵に対し、モリソン首相の決意は変わらない。
この件を見るにつけ、いまの日本に、国家主権を守るために毅然と戦う意思を持った政治家が何人いるのかと慨嘆せざるを得ない。モリソン首相が安倍総理の辞任を惜しむ所以である。
日本はモリソン首相を孤立させてはならない。自由と民主主義を護る戦いは、実は数のうえでは劣勢なのだ。
6月末にスイスのジュネーブで開催された国連人権理事会では、香港国家安全維持法に反対した国が27カ国であったのに対し、賛成した国は53カ国に上った。これらの国の多くが一帯一路参加国だ。
主にアフリカ諸国をはじめとする発展途上国だが、価値ある通貨を持っていないため、近い将来に人民元通貨圏として編成されてしまう虞れがある。そのような背景にあって、日本は豪州を孤立させず、自由と民主主義を護る同盟の強化に努力しなくてはならない。新しい首相にそれができるのか。
日本の新しい首相が指導力を発揮できず、優柔不断な態度に終始すると、これまで安倍総理の個人的手腕で抑えられてきたアメリカの日本に対する不満が爆発してしまい、自由と民主主義を護る同盟に深刻な亀裂をもたらしてしまう虞れがある。