
「真の友人であり、良き教師」。モリソン豪首相も「安倍ロス」か(写真提供/時事)
安倍総理辞任は世界にとって重大な損失
「安倍ロス」という言葉を耳にするようになった。それはいまのところ、心理的な喪失感を表しているのだろうが、いずれ日本人は、「安倍ロス」が「感傷」ではすまない国家存亡にかかわる問題だと思い知らされる可能性が高い。
安倍総理の功績は、海外のリーダーから寄せられたメッセージに顕著に表れている。これほど海外の首脳から敬愛された日本の総理は最初で最後かもしれない。トランプ大統領はもちろんだが、豪州のモリソン首相から「友人でありメンター(良き教師)」と称賛されたのは非常に大きい。
多くの日本国民は、豪州といえば「コアラとカンガルーの観光地」という認識しかなかったかもしれないが、中国の脅威が日々高まるいま、豪州はアジア太平洋地域における日本の極めて重要な戦略的パートナーだ。
モリソン首相は、安倍総理をツイッターでこう形容した。
「豪州は真の友人である安倍氏に感謝する。安倍氏のリーダーシップ、見識、寛大さ、そしてビジョンは、当該地域と世界の平和、自由、繁栄を守ってきた」
このモリソン首相のコメントを見て、個人的な友情に負うところが大きいのだろうと思っていたが、豪州の全国紙ジ・オーストラリアンに掲載された論考を読んで驚いた。
タイトルは「辞任した日本の安倍晋三は豪州の偉大な友人で、この地域における信頼できる盟友だった」。筆者は外交ジャーナリストのベテラン、グレッグ・シェリダン氏。
シェリダン氏は、「安倍晋三が病気を理由に日本の総理大臣を辞職することは、豪州、アジア太平洋地域、そして世界にとって重大な損失だ」と言い切る。その理由は、安倍総理が豪州の戦略的重要性を理解して、豪州との関係強化に格別に心を砕いたからだけではない。
氏が高く評価しているのは、安倍総理がトランプ大統領と極めて良好な関係を構築し、トランプ大統領の欠点をうまく補いながら米国との同盟関係を機能させ続けたことだ。「アジアにおいて、安倍以外には誰もできなかった」と称賛している。
安倍総理の辞任記者会見における日本のメディアの質問の愚劣さには辟易としたが、海外のメディアはこのように冷静に分析した論評を載せているのだ。
ビクトリア州が中国直轄地になる可能性
モリソン首相はいま、豪州の主権を守るために獅子奮迅の戦いを続けている。モリソン政権は、新たに「外国関係法案」を国会に提出し、年内の成立を目指している。
この法律は、州政府、市、大学、研究所などが外国政府との間で結んだ協定を見直し、豪州の国益に反すると判断すれば廃棄できる権限を連邦政府に与えるものだ。姉妹都市協定も含まれる。モリソン政権がこのような立法を目指すのには相応の理由がある。ビクトリア州の労働党政権の暴走を止めるためだ。
美しいメルボルンを擁するビクトリア州の労働党政権は、連邦政府の反対にも耳を貸さず、中国政府と一帯一路に参加する覚書を交わしてしまった。
外交は連邦政府の管轄で、州政府が連邦政府の意向に反して外国政府と大規模なプロジェクトに関する合意を交わすのは憲法違反の疑いがあるのだが、この想定外の出来事に際して、連邦政府は有効な手段を持っておらず、ジレンマに陥ったことは以前書いた。
その後の報道では、ビクトリア州のダニエル・アンドリューズ州首相は、モリソン首相やインテリジェンス機関から再三、「一帯一路に参加することのリスクについて」ブリーフィングをオファーされていたにもかかわらず、無視し続けていたことが暴露された。
アンドリューズ州首相は無知なのではなく、意図的にビクトリア州を中国直轄地にしてしまうつもりなのかもしれない。業を煮やしたモリソン首相は、前述の法律を作ることを決意した。クライブ・ハミルトン教授の『目に見えぬ侵略』(小社刊)で暴露された「サイレント・インベージョン」の脅威を排し、主権を守るための戦いだ。
この法律が成立すると、これまで各州が外国政府と結んできた130以上の合意事項が見直されることになる。主たるターゲットは中国だが、日本を含む30以上の国々との合意が対象となる。
現在わかっているだけでも、中国とは48、日本とは16、インドとは12の合意があるという。もし、外務大臣が国益に反すると判断したら破棄の対象となる。もちろん本丸は、ビクトリア州がのめり込む一帯一路だ。
日本は豪州を孤立させてはならない
この動きを受けて、アンドリューズ州首相は、「ビクトリア州は天然資源がなくて、中国人留学生に依存している。モリソン首相は他に得意先を教えてくれるんだろうな」などと反抗的なコメントをした。
サイレント・インベージョンは地方からやってくる。偶然なのか必然なのか、ビクトリア州で新型コロナ感染が再拡大し、メルボルンは再度ロックダウンに陥った。
この内なる敵に対し、モリソン首相の決意は変わらない。
この件を見るにつけ、いまの日本に、国家主権を守るために毅然と戦う意思を持った政治家が何人いるのかと慨嘆せざるを得ない。モリソン首相が安倍総理の辞任を惜しむ所以である。
日本はモリソン首相を孤立させてはならない。自由と民主主義を護る戦いは、実は数のうえでは劣勢なのだ。
6月末にスイスのジュネーブで開催された国連人権理事会では、香港国家安全維持法に反対した国が27カ国であったのに対し、賛成した国は53カ国に上った。これらの国の多くが一帯一路参加国だ。
主にアフリカ諸国をはじめとする発展途上国だが、価値ある通貨を持っていないため、近い将来に人民元通貨圏として編成されてしまう虞れがある。そのような背景にあって、日本は豪州を孤立させず、自由と民主主義を護る同盟の強化に努力しなくてはならない。新しい首相にそれができるのか。
日本の新しい首相が指導力を発揮できず、優柔不断な態度に終始すると、これまで安倍総理の個人的手腕で抑えられてきたアメリカの日本に対する不満が爆発してしまい、自由と民主主義を護る同盟に深刻な亀裂をもたらしてしまう虞れがある。
アメリカの「離婚候補」
ワシントンDCに「ケイトー研究所」というシンクタンクがある。共和党寄りのシンクタンクだが、共和党以上に自由主義的で、小さな政府と世界情勢不干渉主義に傾いているという評判だ。
そのケイトー研究所のシニアフェロー、ダグ・バンドウ氏が8月8日付で、「The Problem with Allies: It’s Time to Unfriend a Few Countries」 (同盟国との問題:いくつかの国とは決別する時が来た)という論文を発表した。
その内容を簡単に言えば、「アメリカは多くの国と同盟関係を結んでいるが、その究極的な目的はアメリカを守ることだ。役に立たない国との関係は見直したほうがよい」というものである。そして、「離婚候補」としていくつかの国を挙げている。
真っ先にやり玉に挙げられたのがサウジアラビアだ。
「サウジアラビアは天然資源を自らの享楽のために消費する王族が支配する王政国家で、民主国家ではないし、アメリカを含め世界中でキリスト教やユダヤ教を悪魔化するイスラム原理主義の守護者だ。曲がりなりにも信教の自由と選挙があるイランよりずっと悪い」
他の国への批判が続く。
「ドイツはまともな国だが、ヨーロッパ最大の経済大国なのに、自国と欧州の防衛に貢献しようとしない。6年前に2024年までにGDPの2%を防衛費に回すと約束したのに、去年は1.38%に過ぎない」
「フィリピンのロドリゴ・ドゥテルテは最も露骨な反米大統領だ。20万人の死者を出したアメリカのフィリピン独立運動鎮圧に言及しながら、麻薬使用者や販売人に対する非合法の暴力や殺害をも奨励し、活動家やジャーナリストに対する暴力犯罪は無罪とする慣習を維持している。
大統領就任初期にはアメリカを離れて親中になると宣言しながら、昨年中国の船がフィリピンの漁船にぶつかって沈めると、突然、比米協定にしたがって中国と戦争をしろとアメリカにけしかけた」
「トルコはロシアの脅威を封じ、中東への架け橋となるという、2つの期待される役割を果たしていないどころかロシアにすり寄り、EUの信頼を完全に失っている」
「安倍ロス」の本当の意味
このようにして、さらにいくつかの国への批判が続くのだが、最後に挙げられたのが日本だ。
「日本はもちろんいい国だ。豊かで清潔で礼儀正しく、複雑で異色で興味深い。しかし、隣接する中国と北朝鮮が軍事的に活発になっているにもかかわらず、日本はご都合主義で平和憲法の裏に逃げ込んでいる。
そして、常に軍事的な大仕事はアメリカに依存している。世界第3位の経済大国でありながら、GDPの1%すら軍事費に回していない。日本が本当に中国に脅威を感じているなら、もっと自助努力すべきだ。第2次世界大戦は終わったのだ」
これがアメリカの本音とも受け取れる。日本は安倍政権下においても、憲法に指一本触れることができなかった。それでも、安倍総理の個人的資質で、日本が非難されて切り離されるような事態を防いできた。それは名人芸でさえあった。
その安倍総理がいなくなった日本はどうなるのか。
大事な友好国を孤立させ、同盟国アメリカに軽蔑されて孤立し、中華帝国に呑み込まれてしまうのか。それこそが、「安倍ロス」の本当の意味なのだ。感傷に浸っている猶予などない。
著者略歴

情報戦略アナリスト。日本国際戦略研究所(DMMオンラインサロン)主宰者。公益財団法人モラロジー研究所研究員。1965年、東京都生まれ。中央大学卒業後、シドニー大学大学院、ニューサウスウェールズ大学大学院修士課程修了。22014年4月豪州ストラスフィールド市で中韓反日団体が仕掛ける慰安婦像公有地設置計画に遭遇。シドニーを中心とする在豪邦人の有志と共に反対活動を展開。オーストラリア人現地住民の協力を取りつけ、一致団結のワンチームにて2015年8月阻止に成功。現在は日本を拠点に言論活動中。著書に、国連の欺瞞と朝日の英字新聞など英語宣伝戦の陥穽を追及した『日本よ、もう謝るな!』(飛鳥新社)など。