大敗北なのか、深謀遠慮なのか
内政はともかく、外交手腕はこれまで国際社会でそれなりに評価されてきた安倍政権が、今回はなぜこのような結果なのか? 実は深謀遠慮があり、表からは見えない大きな成果があったのかもしれない。そういう希望的観測を持てばそうかもしれない、と思える部分はある。
1つ考えられるのは、安倍首相が今回得ようとしたのは対中外交的成果ではなく、自民党内部の力学に個人の願望のために従ったという見方だ。これは中国体制内の国際学者からの指摘である。
「自民党内には伝統的に親中派が多い。彼らは安倍3選に貢献しており、安倍は彼らの日中関係改善の希望を聞き入れる必要があった。また、財界の中国市場進出の強い希望にも応えねばならなかった」
「米中関係の対立が激化するなかで、日本のバランス感覚が働いた。貿易問題は日米間にもあり、日中は米国の保護貿易主義に対して共闘できる部分があった」
安倍首相は自分の長期安定政権のために彼らの要望を聞き入れた、というわけだ。この学者はさらに、安倍首相が憲法改正という願望を捨てていないことを指摘したうえで、「安倍首相が憲法を本当に改正できれば、それは日本の真の戦後からの脱却である」とし、憲法改正を「国家の正常化」と形容した。
「政権としては日中の歴史的経緯から反対を言わねばならない立場だが、中国人として受け入れられない話ではない」などとも語っている。
戦後からの脱却とは米国支配からの脱却であり、ともに横暴な米国にいじめられてきた両国は仲良くできるはずだ、という含みを感じた。憲法改正は、北朝鮮拉致問題解決と並んで安倍首相の政治家個人としてのこだわりのテーマだ。こうした安倍首相個人の望みに対する理解が中国から得られるとすれば、これは外交的にはともかく、安倍首相にとっては大きな収穫かもしれない。だから中国側から歴史認識問題にあえて触れてこなかったのかもしれない。
日米で「飴と鞭」
もう1つ重要なのは、米国の反応だ。日中首脳会談後、トランプは特にたいしたコメントもしていない。日経新聞(2018年10月27日付)が米国側の姿勢として、「米国の国益に真っ向から反しない限り、日中の接近を問題視しない」との専門家の分析を報じている。米スティムソン・センター東アジアプログラム研究員ユン・スンは、「一帯一路のプロジェクトを社会的に受け入れやすい形にしたりするよう日本が後押しすれば、米国にとって悪い話ではない」と発言している。
たしかに中国が失敗を重ねている一帯一路の主導権を日本が奪ってしまえれば、米国にとっても悪い話ではない。一帯一路の主導権を奪えなくとも日本が入ることで、中国の戦略優先のプロジェクトを選別、排除し、一帯一路の性格を変えていくことはできるかもしれない。そうすれば一帯一路戦略へのカウンターとして進められている「自由で開かれたインド太平洋」戦略とセットにして、中国包囲網はより完璧なものにできる、という発想にもつながる。
共同通信などによれば、安倍首相は2017年12月以降、「日本は自由で開かれた『インド太平洋戦略』の下で、『一帯一路』と連携させる形で推進させる」との方針転換を示している。想像をたくましくすれば、日米が飴と鞭役で組んで中国を翻弄しつつ、一帯一路戦略をインド太平洋戦略内に取り込んで中国をコントロールする、というシナリオもありそうだ。
そうすると安倍首相が北京から帰国直後、インドのモディ首相を迎え、インド太平洋戦略での連携強化をアピールしたことや、2018年11月のASEAN会議の場で日米がインド太平洋における連携を確認しあった、というのも腑に落ちる。