これに5月の李克強首相訪日の際に決定された2千億元のRQFII(人民元適格海外機関投資家)枠を日本企業に付与されたこと、つまり日本企業が人民元建て債券(パンダ債)を通じて中国の資本市場に積極投資できる環境を整えたことが加わる。
米国から貿易戦争を仕掛けられて人民元が急落、上海株式総合指数が2千5百のラインを割り、中国の社会消費の鈍化が目に見えてきた。そんな時に、こうした金融協力が一気に発表されたことの中国社会および国際社会に与えるインパクトはそれなりに大きかっただろう。
米中貿易戦争はまだ一時停戦発表前のことであり、日本はリスクを覚悟で中国の味方に付こうとしている、というふうにも見える。日中首脳会談のネットニュースにつけられた中国人ネットユーザーのSNSコメントをみると、「日本は米国支配から脱却し、中国のパートナーとなることを選んだ」 「日本が米国の包囲網を突破してくれる」といったコメントが並んでいる。
加えて「日中イノベーション協力対話」の創設。「知財権の協力関係を進化させる」 「対話を通じて日本企業が持つ知財権を中国が適切に管理する仕組みづくりを」などという。中国の知財権窃取に米国がピリピリしているときに、日本は知財権協力を呼び掛けている。
「中国製造2025戦略」の正体
米中貿易戦争の本当の狙いは、米国が持つ知財権を収奪できる中国の知財権ルールを変更させ、中国のハイテク産業の芽をこの際、徹底的につぶしてしまおうというところにあると見られ、具体的には習近平政権が掲げる中国製造2025戦略をつぶすということだといわれている。
中国製造2025戦略は、習近平政権が2015年に打ち出した製造業高度化戦略で、2025年までにハイテク製造強国入りを目指すもの。次世代情報技術、NC制御装置・ロボット、宇宙・航空、海洋エンジニアリング・ハイテク船舶、先進軌道交通インフラ、EV・新エネルギー車、電力設備、農業機械、新素材、バイオ医療といった10大分野で、中国は巨額の補助金を出し、必要とあらば市場原理を無視して、先端技術を持つ外国(おもに米国)企業への投資や買収を行い、技術および技術者の獲得を進めていた。
こうして買い集めた技術を巨大市場で応用していくことで、中国のハイテク分野での成長ぶりは目覚ましい。だが、次世代移動通信システム(5G)を含むこうしたハイテク技術は、ほぼすべて軍事技術につながり、米国はこれを国家安全上の問題として見過ごせないと考えた。米国側は投資した米企業に技術移転を迫る中国のやり方を技術の窃盗といい、こうした中国のやり方を変えさえるためにしかけたのが貿易戦争なのだ。
中国は米国から技術を得られなくとも日本から技術協力を得ることで、中国製造2025戦略の延命ができる、助かった、というわけだ。
こうしてみてみると、10月の日中首脳会談は同盟国・米国への裏切り行為ではないか、トランプ政権は激怒するのではないか、と見える。
中国で拘束中の日本人も解放されず
こうした日本側の「大盤振る舞い」に対して、日本が「返礼」として受け取ったものは、北朝鮮の拉致問題への「理解と支持」という習近平の曖昧な言質、福島原発事故以来、放射能汚染されているとみなされていた10都県の農産物・加工食品の禁輸解除要求への「積極的に検討」という返事、パンダ貸与ぐらいか。
日本の安全保障上重要視されていた尖閣諸島問題、歴史認識問題については、双方がお互いを忖度して議題にとりあげなかった。尖閣諸島周辺で起きうる偶発的事件回避のための海空連絡メカニズムにおけるホットライン早期設置で合意がなされ、安倍側から習近平に問題の改善を要請したという部分が、日本にとっては多少とも外交的に意味があったといえるかもしれない。
だが、具体性に欠ける。実際、安倍訪中期間を含めて、中国の海洋警察船は尖閣諸島の接続水域に断続的に侵入しており、中国側が真摯に対応しようとしているようには思えないのだ。
今後5年で青少年3万人規模の相互訪問など交流強化というのも、日本に外交的メリットがあるのか。欧米で中国人留学生や訪問研究者による技術持ち出し、スパイ化が警戒されている流れに逆行している。
日本の大学のレベルが上がれば、中国に限らず留学生は増えるのであって、レベルを問わずに「友好の象徴」として中国人留学生・人材の数値目標を設置するのは、大学教育の本来の目的に合わない。少なくとも、先に「日本のスパイ」と言いがかりをつけられて拘束中の身にある日本人8人の返還を認めさせるのが筋というものだろう。拘束中の日本人の問題は首脳会談でも日本側から提示されたが、習近平の返事は「法に従って適切に処理する」というそっけないものであった。
こうした日中双方が得たものを並べてみると、とても外交的大勝利には見えない。