米国自体の対中政策の風向きも若干の変化があった。安倍政権がこれを予測していたという見方もある。12月1日の米中首脳会談では貿易戦争を一時休戦し、習近平に90日の猶予を与えた。その間に中国は構造改革を行い、技術移転の強要や知財権保護や非関税障壁の問題、ネット侵入、ハッキングによる情報窃取などの面で改善するよう要求された。中国はクアルコムのNXP買収を承認、農産品、エネルギー資源などの大量購入を約束。米国製自動車の非関税も認めた。
中国にしてみれば、米国から言うことを聞かねば追加関税するぞ、と脅されてねじ伏せられた格好であり、トランプが「信じられないくらい素晴らしいディール」と帰国のエアフォースワンのなかで記者たちに嘯いたというのもわかる気がする。
だが、習近平の立場から言えば、この90日の猶予で首の皮一枚がつながったのであり、屈辱的ではあるが「助けられた」のだ。経済構造改革にしても市場開放にしても、第19回党大会の演説のなかで約束されていることであるし、米国車の非関税化にしても農産物の大量購入にしても、中国にとってはむしろ歓迎できるテーマだ。
しかも、トランプの方とて100%の収穫というわけにはいかなかった。まず、米国の安全保障上の核心的利益である南シナ海問題に言及しなかった。台湾問題について、「一中政策」の確認を中国の望むままに行った。また、スパイが警戒されている中国人留学生の受け入れに関しては、中国の要請に従って「歓迎する」と発言。トランプが当初求めていた「インターネット開放」にも触れられなかった。トランプサイドも、習近平のメンツはそれなりに忖度した。
また中国経済がクラッシュすれば、米国はおろか世界恐慌が始まりかねないわけで、手加減も必要という見方も米国内にはあろう。
もっとも、この米中首脳会談の・休戦合意・直後に、中国最大手通信技術企業・華為技術のCFOにして次期トップと見込まれていた孟晩舟が米国の要請でカナダ当局に逮捕されているのだから、実際のところは米国の対中強硬姿勢にブレはない、ともいえる。結果的に一時休戦どころか、米中貿易戦争は激化を避けられない様相となった。
ただ、トランプ自身は習近平との首脳会談時、この華為の件は知らなかったとホワイトハウスが発表しており、人民大学重陽金融研究所の研究員・文揚は「トランプの政敵やCIA、ディープステートが米中貿易戦争を妨害しようとした可能性」に言及している。もし文揚の見立てが正しいのであれば、トランプと安倍の連携説は筋が通る話ではある。
習近平に引導を渡せ
いずれにしろ、日本の対中姿勢転換で、習近平政権は救われた。というのも、中国共産党内では「習近平引退説」がかなり濃厚に流れていたからだ。トウ小平の息子、トウ樸方が9月、中国障碍者連合会の講演で習近平の外交政策を公然と批判して以来、毛沢東回帰路線の習近平vsトウ小平路線回帰を望む共産党中央エスブリッシュメントの権力闘争という構造がはっきりしてきた。
アンチ習近平派は、米国から仕掛けられた貿易戦争などの外圧も利用して習近平の責任を追及しようとしているという見方が流布していた。米中貿易戦争を引き起こしたのは習近平だから、その引退でもって決着させよう、というわけだ。
改革開放以来、秋に定期的に開かれている中央委員会総会が今年、未だに開かれていないのは、総会(4中全会=第19期第4回党中央委員会総会)が開かれれば、習近平の責任追及大会になって引退に追い込まれかねないと恐れているからだ、という噂がたった。
日本が習近平政権と関係を改善、台湾の地方統一選挙も中国に有利な結果となり、貿易戦争も3カ月の猶予が与えられ、習近平が置かれている切羽詰まった状況はかなり緩和されたのではないかと思われる。
これは私個人の見方であるが、中国の脅威をとりあえず縮小するには、共産党内部で習近平に引導を渡すことがもっとも穏便で、国際社会に悪影響を与えない方法ではないかと思っている。なので、アンチ習近平派の動きをひそやかに見守っている。
西側の価値観を一切否定し、米国に対抗しうる強国をつくろうという野望を全面に掲げたのは習近平であり、21世紀最悪の民族浄化と言われるウイグル弾圧や徹底した監視社会に象徴される人権問題の悪化も、文化大革命時の毛沢東以外の政治モデルを持たない「文革脳」の習近平が中心になって行ってきた。習近平の「文革脳」が完治する見込みがないなら、排除する以外、改革開放路線の軌道には戻るまい。
だから、日中首脳会談が習近平政権を延命させたことが残念なのである。これが結果的に習近平長期独裁政権の確立につながってしまったら、これは日本のみならず国際社会や中国人民にとっても不幸だろう。