日中首脳会談 勝利を収めたのはどちらか|福島香織

日中首脳会談 勝利を収めたのはどちらか|福島香織

10月に行われた7年ぶりの日本首相の中国公式訪問および日中首脳会談について、『月刊Hanada』2018年1月号に寄稿されていた矢板明夫氏の「安倍訪中は日本外交の大勝利」論文をたいへん興味深く読んだ。というのも、私は今回の日中首脳会談は、「外交の安倍」にしては稀にみる失態ではなかったか、という危惧をずっと抱いていたからだ。


「一帯一路」に協力

まず、中国の国家戦略・一帯一路(シルクロード構想)に対する協力姿勢を示したことが大きい。外務省は第三国市場における日中協力であると、あえて「一帯一路」の名前を出さない形でアナウンスしているが、新華社通信では、安倍首相は習近平との会談で「『一帯一路』はポテンシャルのある構想であり、日本側は中国側と第三市場の共同開拓を含めて広範な領域で協力を強化していきたい」と述べた形で報道されている。

この戦略は、本質的には軍事戦略目標のために打ち出され、採算や現地の需要などを度外視して急速に進められたため、各地のプロジェクトが次々と挫折している。中国は回収できない融資の代わりに建造した港湾施設の長期租借権をとるなどの無法を平気で行い、当初協力的であったEU諸国からも「中国版新植民地主義」と非難されるようになった。

当事国の中央アジアや東南アジア、アフリカの国々の民衆は、中国からの不透明な融資による経済侵略や債務苦への不満が高じており、マレーシアやパキスタン、モルジブなどでは民主選挙による親中政権の交代ドミノ現象が起きた。

中国国内でも、回収不能であることがわかりながら習近平政権の指示で一帯一路に投資せざるを得ない金融機関や企業の間で不満がくすぶっており、大衆は自国の貧困対策を疎かにして、海外に金をばらまく政権に文句を言い出し始めている。

つまり、一帯一路はすでに事実上の頓挫といってよい状況まで追い込まれており、第19回党大会(2017年秋)に「一帯一路戦略」をわざわざ党規約に書き込んだ習近平は、その責任を党内で問われかねない状況であった。

このタイミングで、日本の首相が約240人の財界トップを引き連れて一帯一路への支持を打ち出したわけだから、習近平政権にとって安倍首相はたしかに救世主に見えたことだろう。

世界第3位の経済大国が一帯一路に対してそのポテンシャルを評価したことで、頓挫寸前の一帯一路は息を吹き返すかもしれない。日本が参与すれば一帯一路における資金運用の透明性が高まり、落ちた評価を取り戻すことができるかもしれない。安倍訪中に合わせて開催された日中第三国市場協力フォーラムでは、52のプロジェクト(180億ドル相当)が調印されたのだった。

リスク覚悟で中国の味方?

さらに中国にとってありがたかったのは、この日本の一帯一路協力とセットですすめられた日中金融協力の部分だ。

  1. 日銀と人民銀行は3・4兆円/2千億元(3年期限)の為替スワップ協定に署名。5年ぶりの再発効で、額も10倍以上となった。

  2. 日本金融庁と中国証券監督管理委員会は証券市場協力覚書に署名。日中ETFの相互上場実現に向けての研究や実務協力をすると約束、そのため日中相互で証券フォーラムなどを開催する。

  3. 野村ホールディングズと中国投資公司および日本大手金融機関による日中産業協力基金を創設。中国市場に進出する日本企業への投資だけでなく、第三国市場における中国企業への投資も後押し。

  4. みずほグループおよび中信集団(CITIC)、中国輸出信用保険公司の3者による大型金融集団協力。みずほとCITICが共同で海外融資プロジェクトを開発し、中国輸出信用保険公司の信用を補充する。さらにこれを第三国市場(一帯一路戦略)における金融協力の象徴的案件と位置付ける。

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