武漢ウイルス研究所の正体
新型コロナウイルスは、ある種の蝙蝠を宿主として、武漢市内の海鮮市場で拡散されたというのが当初の見立てだった。しかし、武漢のある湖北省を超えて中国全土に一気に拡散された感染力などから、「自然に発生したウイルスではないのではないか」という見方は根強くあった。
1月中旬にはインドの感染症学者が、新型ウイルスに「人工的に加工された痕跡がある」という論文を発表した。そこで世界中の関係者の注目を浴びたのが、武漢ウイルス研究所だった。中国の科学分野の最高研究機関である中国科学院が運営する、世界最高レベル(P4)のウイルス研究施設だ。このレベルの研究所は、中国ではここだけだ。
あまりに急速かつ特異な感染拡大の経緯をたどっただけに、生物兵器として開発された武漢ウイルス研究所で人為的に作り出されたウイルスが、誤って(あるいは人為的に)拡散されたのではないかというのだ。
こうした武漢ウイルス研究所を起点とする「人工ウイルス説」は、2月中旬段階では憶測の域を出ていない。しかしウイルスの出自は別としても、そもそも湖北省とその省都・武漢という都市が、習近平総書記にとって他の地域とは全く違う特別な意味を持つエリアであったことが、日本政府中枢の疑念をより深刻なものにしていた。
私の手元に、全16ページからなる「長江(揚子江)生産技術工業研究院設立趣意書」という中国語の書類がある。習近平氏の「長江大保護」という掛け声のもと、武漢に巨大な研究所を作り、揚子江流域の総合的な開発計画を一大国家事業とするという壮大な計画を詳細に解説している。受け皿となる長江保護本部は中国政府などから2.3兆円の資金を保証され、すでに1.3兆円を調達済といわれている。
この書類によれば、長江生産技術工業研究所は、前述の「中国科学院」に加え、「長江科学院」「上海測量設計研究院有限公司」の3団体が設立を主導する。そして、湖北省にある世界最大の水力発電ダム・三峡ダムを運営している「中国長江三峡集団」が、武漢市政府と協力して、インテリジェント型工業産業パークを作るという。
たしかに中国共産党中央委員会は2012年に第18回全人代で、揚子江流域の生態系保護、科学的発展を大目標に掲げ、「流域の質の高い発展を目指せ」との掛け声をかけた。2013年には習氏自ら武漢を訪れ、計画の着実な実施に向けて各施設を回って陣頭指揮をしている。
そしてその構想は、2014年に北京で開かれたAPEC(アジア太平洋経済協力会議)で習近平氏がぶち上げた「一帯一路」構想へと発展していった。
中国本土を西から東へ流れる世界的な大河・揚子江は、湖北省で武漢を大きく迂回するように北側に蛇行したあと、上海で東シナ海に注いでいる。習氏は沿岸地域に偏った経済発展を内陸に展開させ、陸路で中央アジアからヨーロッパへと結ぶ「一帯一路」の最大の拠点として、武漢を位置付けていたのである。
習近平プロジェクトの謎
このプロジェクトで目を引くのが、そのスローガンだ。基本的に内陸部の経済発展を目指しているにもかかわらず、「長江大保護」として生態系の保護を前面に打ち出し、習氏自ら「生態回復を至上命題とせよ」と繰り返し指導しているのである。武漢の生態系は、回復を至上命題としなければならないほど、何かに汚染されているというのだろうか。
その武漢の地を、昨年12月初頭から中旬にかけて、日米の3つの特徴的な民間団体が訪れていたことはほとんど知られていない。南関東の水質浄化の先端企業と、関西の環境ビジネス商社、アメリカ中西部を拠点とする人工知能にかかわる研究者集団だ。そして、この3つの企業の共通点はただ1つ、「ウイルス制御、ウイルス除去の特殊技術を持っている」ということだった。
このうち1つの企業幹部が武漢入りしたのは、12月6日。先述の「長江生産技術工業研究院」の関連施設や武漢大学を視察したあと、問題の武漢ウイルス研究所にも入った。ここは中国科学院が国家重点実験室に指定しており、軍事施設並みの入室制限がある。本来は、西側の人間が入れるような施設ではなかった。
日米3団体の代表者らは12月初頭から、それぞれバラバラに、しかしほとんど同じ施設を巡った。そして、一番早い者で12月10日、最も遅い者は12月17日まで武漢に滞在した。そしてどの団体関係者も、「湖沼湿地修復」「都市下水施設建設」「河川湖ダムなどの水質改善」などの名目で、ウイルス技術などを巡り、中国側と精力的に交渉を行ったという。
武漢で最初の感染者が伝えられたのが、12月8日だ。日米の民間3団体は、新型ウイルスの大流行が始まっていたまさにその時期に、中国側と「ウイルス除去」「除菌除染」「人工知能を使ったウイルス管理」といった課題について、極めて具体的で突っ込んだ話し合いを行っていたことになる。