武漢ウイルス研究所の謎|山口敬之

武漢ウイルス研究所の謎|山口敬之

武漢ウイルス研究所を起点とする「人工ウイルス説」は果たして本当なのか。中国は否定するが、ポンペオ米国務長官はいまなお大きな懸念を示している――。発生源は武漢の海鮮市場なのか、それとも、武漢ウイルス研究所から流出したものなのか。門外不出の極秘情報をもとに、フリージャーナリストの山口敬之氏が武漢ウイルス研究所の謎に迫る!昨年12月に武漢を訪れた「謎の3つの団体」の正体とは……。


武漢チャーター便秘話

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「とても快適な環境で過ごせました」

新型コロナウイルスの感染が爆発的に拡大していた中国・武漢に取り残された邦人を救出するため、政府が手配したチャーター機第1便が羽田空港に到着して2週間。WHO(世界保健機関)が示す12.5日という潜伏期間が過ぎても感染していないことが判明した帰国者197人は、2月12日に千葉県勝浦市で拘束を解かれ、メディアの取材に応じた(21人は滞在先だった埼玉県和光市の税務大学校を順次退出)。

人々から最初に出た言葉は、収容先となった勝浦ホテル三日月への感謝の声だった。この間、テレビや新聞が伝えていたのは、長期にわたって相部屋にされたことや、弁当ばかりの食生活など、収容者の不満の声ばかりだっただけに、その朗らかな声音は予想外だった。

「勝浦市民の皆様の温かい支援、宝物です」
「自分が発生源にならないことが一番大切だと思っていました」

社会の一員として、感謝と責任を口にした一時拘束者の言葉は、危機を煽り、憎しみを増幅させるばかりの国会審議や大手メディアとは明らかにベクトルが違い、危機にあって静かに耐え助け合う日本人の底力を垣間見せた。

彼らを武漢から救い出したチャーター便にも、日本らしいストーリーが秘められていた。チャーター第1便は1月28日に羽田空港から武漢に向かったが、運航を担当した全日空に政府から正式な要請が来たのは、わずか2日前の1月26日だった。正式発注から48時間でチャーター便を仕立てるのは、いくら大手の全日空といえども並大抵のことではない。

そもそも日本航空は武漢に定期便を飛ばしていないから、全日空が拒絶したらチャーター便による邦人救出は不可能だったのだ。ごく短時間でチャーター便を飛ばす原動力となったのが、全日空という会社が持つ「反骨精神」だった。

日本人救出、全日空の挑戦

要請に応じるにあたり全日空にとって最大の難題は、チャーター便を運航する乗員、乗務員をどう確保するかだった。武漢市民が突然倒れる画像がインターネット上で大量に流され、日本国民の間でも新型ウイルスの脅威に対する不安の声が急速に高まっていた。そして全日空は1月23日から、成田─武漢の定期便の運航を停止したばかりだったのである。

会社側としては、感染拡大を理由に運航を停止した武漢を往復しろと、いやがる社員に強制することはできない。あくまで自主的にチャーター便業務に応じる人員を探さなければならなかった。しかも国際的な民間航空機のルールから、チャーター機のパイロットは武漢空港に着陸した経験を持つ者に限られた。

また、定期便の運航を停止していたため、武漢空港での発券や乗客の搭乗誘導業務などにあたる地上職員も東京から派遣する必要があった。航空業界は伝統的に労働組合が強いだけに、要員確保は困難を極めると思われた。ところが、会社が管理職のなかから候補者を絞り込もうとしていた時、ベテランや若手の別なく、武漢チャーター便への乗務を志願するものが次々と現れたという。

「武漢に残された方々の多くが全日空のお客様だ」
「中国に取り残された日本人を救出できるのはわが社だけだ」

自発的な志願者のお陰で、運航に必要なパイロット2名、キャビンアテンダント6名、地上職員5名を瞬く間に集めることができた。なかでも地上職員の大半は、管理職ではない比較的若い女性社員だった。彼女たちは「武漢でこの業務をこなせるのは、現地での勤務経験のある自分たちだけだ」と、使命感を持って率先して業務にあたったという。

労使の垣根を越えてチャーターフライトを実現させたのは、全日空という会社の企業風土によるところが大きい。終戦後、GHQによる日本の民航機の運航禁止が解けたのは1950年。そのわずか2年後、全日空は「日本ヘリコプター輸送」というヘリコプター運航会社としてスタートした。だからいまでも、全日空のアルファベット2文字の略号はNHだ。ほどなく航空機による貨物と旅客の輸送に進出した全日空は、爾来長年にわたって日本航空と熾烈な競争を繰り広げた。

完全な民間企業だった全日空は、国営企業で「日の丸航空」「ナショナルキャリア」と呼ばれ、様々な優遇措置を受けた日本航空の後塵を拝してきた。だからこそ、今回のような「日本人を救う」という国家プロジェクトに対しては、「日本航空何するものぞ」と、社を挙げて取り組む土壌があったと言える。

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