そこで、国民は果物の名前に譬えて「赤い身分制度」を言い表す。核心階層は皮だけでなく実まで赤い「トマト」、動揺階層は皮が赤いけれど実は白い「リンゴ」、敵対階層は皮も実も白い「梨」だ。
戦後に北朝鮮へ渡った在日朝鮮人帰国者は、大半が「梨」に分類された。よほど運が良くても「リンゴ」どまりだ。
北朝鮮では、最高指導者はもちろん、核心幹部は「トマト」ばかりである。金正日の後継者である金正恩も当然、「トマト」でなければならない。そのためには、金正日の配偶者も「トマト」であることが必須条件となる。実際、金正日の正妻と2番目の妻(長男=金正男の実母)は核心階層の出身だった。
ところが、3番目の妻=高英姫は身分が異なる。北朝鮮の流儀で言えば、金正日と高英姫の間に生まれた金正恩は異なる身分のハイブリッド(交雑種)ということになる。「リンゴ問題」 「梨疑惑」である。
金正恩の母方の祖父は日本軍協力者
身分制ではない社会に暮らす者には、たいした問題ではない。むしろ「シンデレラ物語」風の美談にもなり得る話である。だが、北朝鮮では事情がまるで異なる。
これに加えて、高英姫の場合、実父(高沢)が旧日本陸軍管理下で軍服を作る軍需工場に勤務した経歴を持つ。大阪市内にあった「広田裁縫所」で、朝鮮人女工を手配・監督する仕事をしていた。金正恩の母方の祖父が「日本軍協力者」では、動揺階層どころか敵対階層の疑いが生じる。
そのせいもあって、「偉大なる首領様」の金日成は生前、高英姫を正式な嫁とは決して認めず、その息子の金正恩も正式な孫と認めなかった。おかげで、高英姫とその子供たちは、首都・平壌ではなく地方都市の元山で、金日成の目を避けながらひっそりと暮らした。高英姫が金正日と同居を始めてから金日成が死去するまでの約20年間(1976~94年)、高英姫は公の場に全く姿を見せられなかった。