私が取材した制度の利用者たちは、「この制度を利用すると、文字どおり地獄に落ちる。悪夢のような制度だ」と話していた。
成年後見制度に詳しい堀田力弁護士(法務省元官房長)も、現行の成年後見制度を「司法の暗黒領域」と呼んでおり、私には、この制度は闇に覆われているように見える。
朝日は、その闇のなかから、わずかに光る部分を連載の第1回で取り上げたわけだ。
ところが、虐待防止を理由にした自治体申し立ての後見にも大きな問題がある。私が取材したなかに、軽い認知症の母親を在宅介護していた娘が、ありもしない虐待疑惑を自治体にかけられ、勝手に後見人をつけられた事例がある。
母親本人と娘によると、本人と家族全員が「虐待はなかった」と否定したにもかわらず、自治体(桑名市)は市の包括支援センター職員らの一方的な報告を鵜呑みにして、本人を施設に隔離。本人と夫、二人の娘が反対したにもかかわらず、本人に後見人をつけた。後見人に選任された地元の弁護士と施設に対し、本人は「家に帰りたい。娘は虐待なんてしていない」と繰り返し抗議したが、弁護士と施設は無視して施設に閉じ込め、家族との面会を禁じた。弁護士は数カ月間、家族に施設名すら教えず、本人が家族に電話することすら許さなかった。
このケースでは、後見人を勝手につけられた家族が、名古屋高裁に後見開始審判の取り消しを求めた結果、審判が取り消された。
本人の認知症はごく軽いもので、その後、精神科医は“後見不要”の鑑定書を作成して家裁に提出。これにより、本人は「悪夢のような成年後見制度」(娘の話)からようやく逃れることができた。
本人と家族は、桑名市と国(家裁)を相手取り、名古屋地裁に損害賠償請求訴訟を起こした。
重い認知症だとして弁護士後見人をつけられた母親は、しっかりした口調で私の取材にこう話した。
「娘が私を虐待した事実はまったくありません。つらかったですよ。娘は、この一件のせいで職を失いましたしね(注・娘は母親救出に専念するため退職を余儀なくされた)。娘は私のいる施設に面会に来ることもNGでした。私は施設から自宅に帰りたくて、職員に“帰してくれ”“タクシーを呼んでくれ”といつも言っていたけれど、無視されました。施設に閉じ込められた私の人生を返してほしいです」
成年後見の現場では、こうした深刻な人権侵害行為は珍しくない。
だが朝日の連載では、こうした深刻な人権侵害行為が横行していることについて、一言も触れていない。
国も制度の不備を正すことなく推進に突き進む
事実上の殺人事件、凄まじい人権侵害が合法的に罷り通っている
そもそもこの制度には、国家(家裁)が認知症の人や障害者に「無能力者」の烙印を押し、人権(財産を含む)を奪う側面がある。
成年後見人をつけられた人は、スーパーなどでの日常の買い物以外の経済行為、法律行為を行えない。また、会社の取締役や監査役、NPO法人の理事、公務員、医師、弁護士、建築士等各種資格を失う。印鑑登録もできない。数年前までは選挙権も剥奪されていた。
また、先の母親のように、後見人がついた途端、本人の意思に反して施設に放り込まれたり、後見人と施設によって、家族や友人との面会を禁じられるケースも多い。
私が取材したなかには、“事実上の殺人事件ではないか”と思うようなケースもあった。
グループホームで暮らしていた、あるお一人様の認知症の女性は、士業後見人によって精神病院に入れられた。女性はそれまでどおりの生活を望み、グループホームの介護士と看護師も「精神病院に入れる必要はない。私たちがお世話する」と反対した。
ところが士業後見人は、涙を流して抵抗する女性を無理やり車に押し込み、強引に精神病院に入れた。環境の激変にショックを受けた女性は食事をとらないようになり、病院は女性の腕に針を刺して点滴による栄養補給を実施。女性が針を痛がって抜こうとするので病院側は女性の体をベッドに縛り付け、日常的に拘束するようになった。やがて女性の認知症は急激に悪化。女性は重篤な廃用性症候群(床ずれや血流不全)に陥り病院の閉鎖病棟で亡くなった。
このように、この制度の下では、民法858条の「本人意思の尊重」が完全に形骸化しており、愕然とする凄まじい人権侵害が合法的に罷り通っている。
朝日の連載は、費用や手続き面での成年後見制度の使い勝手の悪さは指摘しているものの、人権侵害についての問題意識が抜け落ちている。