名前は「太郎」に
子猫の名前は「太郎」になった。名付け親は夫である。子猫のまん丸の目を見たとたん、インスピレーションのようにその名がひらめいたのだそうだ。
あれから2週間と少し。太郎は昼も夜も、部屋じゅうをぐるぐる駆け回っている。生意気にもダンボールの爪とぎで爪をとぎ、水入れから水を飲み、教えてもいないのに猫用トイレで用を足して、一人前に砂をかけている。
体重も倍以上になって、もう2本指ではつまみ上げられない。先輩猫たちといっしょにするにはまだ早いので1匹で私の部屋にいるが、やがて家じゅうを走り回るようになるのだろう。毛並みはキジトラ。これまでうちにはいなかった柄だ。
太郎は最初、私のベッドの下に置いてやった座布団の上で寝ていたのだが、すぐにベッドによじ登れるようになってしまった。私が寝ていると横にぴったりとくっついてきて、布団とのすきまに頭を突っ込んでいる。この格好がいちばん安心できるらしい。でもまだまだ小さい彼を、夜中に私が圧しつぶしてしまったら大変だ。仕方がないので私は今、廊下に布団を敷いて寝ている。私の部屋のあらゆるものは太郎の天下にある。
布団に頭を突っ込んでいる太郎の姿は、庭の物置で、きょうだいとママ猫にくっついていたあのころそのままだ。あれ以来、パパ猫もママ猫もきょうだいも、ぱったりと姿を見せなくなってしまった。いったいどこに行ってしまったのだろう。
「この子だけが生き残ったんでしょうね」
と、動物病院の先生がいっていた。そうなのだろうか。
もしかしたら、と私は思うのだ。太郎の3匹のきょうだいは今ごろ、クリーム色のパパ猫から立派な野良猫になる訓練を受けているのかもしれない。
子猫を発見した日の写真を見ると、4匹のなかにひときわ体の小さな子がいる。確証はないけれど、これが太郎ではないかと私は思っている。パパ猫は、この子は飼い猫になったほうがいいと判断したのではないだろうか。性格も甘えん坊だから、きっと向いているだろうと。それで私が確かに在宅している夜を狙って、連れてきたのではないか。
立派になったきょうだいたちにも、会えるものなら会ってみたい。太郎のようなキジトラと、茶トラ、それからサビ柄の猫。
ただ現代の日本では、立派な野良猫、という存在はあまり許されていない。もしきょうだい猫たちがうちの庭にまた現れたなら、私はわが家の責任として、彼らを捕獲し、不妊去勢手術を受けさせるだろう。その後また庭に放すことになるにしても。
そのときに私は、太郎はうちで幸せな猫生を送っているよ、と報告したいと思っている。
(拾った日:令和8年6月6日)
※note「瀬戸内みなみの『猫とおさんぽ』」より転載
物置の前で家族を見守っていたパパ猫
作家。広島県生まれ。上智大学文学部卒業。会社勤務などを経て、小説、ノンフィクションなどを手掛けている。テーマは猫と旅と日本酒。著書に『にっぽん猫島紀行』(イースト新書)。月刊『Hanada』で「わが人生に悔いなし」を連載中。

