【読書亡羊】法務省VS労働省 外国人労働者を巡る「仁義なき戦い」  濱口桂一郎『外国人労働政策』(中央公論新社)|梶原麻衣子

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その昔、読書にかまけて羊を逃がしたものがいるという。転じて「読書亡羊」は「重要なことを忘れて、他のことに夢中になること」を指す四字熟語になった。だが時に仕事を放り出してでも、読むべき本がある。元月刊『Hanada』編集部員のライター・梶原がお送りする時事書評!


 官邸主導が確立して久しい今日の霞が関とは異なり、当時の霞が関は省庁間の権限争いが日常茶飯事でした。とりわけ、当時の通商産業省(現経済産業省)に典型的ですが、他省庁の所管分野に口出しをし、あわよくば権限を奪ってしまおうという行動様式が他の省庁にも広まりつつありました。

 長年入管行政に携わってきた法務省の官僚たちにとって、外国人労働問題が急に話題になったからといって、新参者の労働省がしゃしゃり出てきて権限を奪おうとしているように見えたのは当然のことかもしれません。

そうして、雇用許可制度に転じても省庁間の争いは収まることはなく、外国人労働者をめぐる政策が参院予算委員会で扱われた際には、野党議員から〈役所の縄張り争いもほどがある〉との怒りの声が飛んだという。

しかも、労働省が法務省の圧を受けて「労働ビザ」という入管業務に近い概念からのアイデアを取り下げて、雇用側に対する許可制とするとの妥協的な策を提示したにもかかわらず、法務省はこれを受け入れなかった。

それどころか、驚くべきことに法務省はどうやら、在日コリアン諸団体に働きかけたようで、「労働許可制が実施されれば、在日韓国人に対する職業差別を生みかねない」との声をあげさせることで、労働省案を葬り去ることに成功したのだという。

省益のためになりふり構わず打って出た法務省が〈完全勝利〉を収め、1989年の入管法改正での主導権を握ることになったというのだ。

法務官僚を黙らせた菅官房長官の一喝

だが、この法務省の〈完全勝利〉がその後の外国人労働政策のゆがみを生んでいく。

1989年の入管法改正で、法務省が労働省のこの件への関与を最小限に収めたがったために、外国人労働者は「あくまでも研修生であり、労働行政の範疇外」に置くかのような規定を事細かに設けることになったのだ。

つまり、外国人労働者が「研修」名目だったり「実習生」扱いされてきたのは、国内の移民反対へのイデオロギーからの批判を回避するためでも、外国人を安く使い倒したいからでもなかった。まさに省益を巡る暗闘の結果だったのである。

そして外国人労働政策はあくまでも入管を所管する法務省主導の「サイドドア」の仕組みとして進んでいくことになった。

この争いに終止符が打たれるのは2000年代に入ってからのこと。研修・技能実習制度に待ったをかけたのは、小泉内閣時代に設けられた規制改革関係の会議体によるという。

本書は〈外国人労働政策の正常化過程をリードしたのは労働政策プロパーの世界では労働者団体の天敵であり、労働者の利益に反することばかり主張する悪者扱いされていた規制改革関係会議だった〉というのは〈苦い皮肉〉だと指摘する。

その後、人手不足が進んだり、研修名目の就労による搾取が海外からも問題視される中で、これを見直さなければという機運が高まり、2018年、安倍政権下で外国人材受け入れ制度の在り方を正面から考えることとなる。主導したのは当時の菅義偉官房長官で、この件は『菅義偉 官邸の決断』(ダイヤモンド社)にも詳しい。

安倍総理の「移民政策に見えないように」とのオーダーに配慮しつつ、新たな在留資格の検討に後ろ向きな法務省を説き伏せて、法務省の一部局だった入国管理局を出入国在留管理庁に格上げすることで矛を収めさせた。そのうえで、「特定技能制度」が成立。法務省と厚生労働省の連携も見られるなど、制度としては前進が見られたのである。

まさに「縦割り打破」を掲げた菅官房長官の真骨頂と言えるだろう。

菅義偉 官邸の決断

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