経済が武器になる時代
今まさにわれわれは「地経学」の重要性を、身をもって知ろうとしている。2026年2月末に始まったアメリカ・イスラエルによるイラン攻撃を発端に、ホルムズ海峡が封鎖されているからだ。
イランはアメリカ・イスラエルへの世界的非難を盛り上げるためにホルムズ海峡を封鎖し、各国が受ける経済的打撃を以て自国への攻撃の手を止めさせようとしている。
一方、アメリカは一国でホルムズ海峡問題に対処するのはごめんだとばかり、日本や欧州を関与させたいと考えているようだ。
結果、各国へ物資を運ぶタンカーがホルムズ海峡周辺で立ち往生している状況で、中東から輸出される原油関係の供給状況が乱れている。なんと、筆者(梶原)の住む賃貸物件は、その余波を受けて風呂場の修理が延期されるか否かの瀬戸際に立たされている。今年の夏も厳しい暑さが予想される。風呂なしで夏を乗り切れるはずもない。まさに中東情勢が我が家の風呂事情を左右しているのだ。
遠方の有事が自らの生活に影響を及ぼす例はこれまでにも起きてきたが、関係国が経済への影響を武器に政治的に有利な状況を作り出そうとする現状は、まさに「地経学の時代」を感じさせるものだろう。
では「地経学」とは何か? それを知るためのタイムリーな一冊が国際文化会館地経学研究所編『はじめての地経学――経済が武器化した時代の見方』(朝日新書)だ。
地経学研究所は鈴木一人氏が所長を務める民間のシンクタンクで、地域研究に精通する学者から貿易や経済の専門家、元自衛官や元官僚と幅広い人材が集まっており、様々な情勢分析や政策提言等を行っている。
本書ではテーマごとにその道のスペシャリストが執筆を担当しており、読者はその知見から多くを学ぶことができるのだ。
尖閣沖漁船衝突事件が発端
「地経学」は2020年代に入ってクローズアップされてきた概念で、特に日本ではコロナ禍における物資の輸出入の停止やマスク・ワクチンといった必需品が政治の動向によって恣意的に輸出入される事態を目の当たりにしたことで、その存在を身近に感じることになった。
同時期から注目されることになったのが「経済安全保障」で、日本でも2022年に経済安全保障推進法が制定されている。これらの概念について、「プロローグ」で鈴木一人氏が説明している。
国際社会はこれまでのようにその土地にしかない原油などの資源の確保で競っていた状況から、その国でしか作れないものも含まれるようになってきた。さらには人材や税制、資本、技術のようにその時々で変動するものも考慮しなければならなくなった。
そのため「地政学」だけではカバーできない現実をとらえるために使われるようになったのが「地経学」という概念だ。
そして、この「地経学」の時代に必要なのが、各国がいかにして自国の経済の安定を保ち、なおかつ成長させるか、つまり経済活動の安全を国家としてどのように保障するかという観点(経済安全保障)というわけである。
実は日本はこの「地経学」「経済安全保障」、さらには「経済の武器化」といった事態に、世界に先んじて直面している。
第9講で細谷雄一氏が指摘しているように、2010年に発生した尖閣沖漁船衝突事件の対応を巡って、中国がレアアースの対日禁輸を行ったのがこれにあたる。政治的な軋轢で自国を有利にするためにレアアースという経済における強みを使って日本に圧力をかけたのである。
この時、日本はレアアース輸入先の多角化を図ることで急場をしのいだが、これがまさに「経済安全保障」の端緒だったことになる。
当時は「領土問題で生じた摩擦を貿易面で牽制してくるなんてやりすぎだ!」と多くの人が感じたはずだが、今となってはこれが国際社会の新常態と化しているのである。

