米国を破壊するトランプの“ラ米化”|上野景文(文明論考家)

米国を破壊するトランプの“ラ米化”|上野景文(文明論考家)

トランプ政権の下で、混迷を極める米国。 彼の目的は、いったい何のか。 トランプを読み解く4つの「別人化」とは――。


現在、米国では、多岐に亘り混乱、混迷、弊害が目立つようになっている。少し細かくなるが、ペルソナリスモの過激化と制度主義の後退という2つの観点から、米国の実情を追跡し、羅列してみよう。
   
(その1)ぺルソナリスモの過激化=(トランプ氏の)個人的嗜好、私怨、個人的性癖、激情、恣意性などが国政を偏らせ、混乱させる;

●過剰化、過激化;
「トランプ・ファースト・イズム」の突出・・・・・「国益」より個人の「利益」を優先
 ノーベル平和賞へのあくなきこだわり・・・・・同上
 大統領が「全て」を「掌握」したがる(強烈な主人公意識)
 大統領令の乱発(制度の認識不足)
 大統領誕生日に合わせての軍事パレード(25年6月14日、ワシントン)
 各閣僚による異常なまでのトランプ礼賛(注1)
 訴訟の濫用(特に、政敵に対するもの)(怨念、敵愾心)
   
(注1)各閣僚が2時間に亘り「トランプ王」礼賛を競った4月30日の閣議は、習近平や金正恩両氏に対する「個人崇拝」的光景を想起させるものがあり、カルト色を感じさせた。
   
●「独裁者」への甘い姿勢:イデオロギーにこだわらないトランプ氏は、元々強権政治家に親近感を有しているようだ。この点は、トランプ氏の最も危うい点だ。プロ集団によるブレーキが期待できない中で、特に、習氏に歩み寄り過ぎることがないか、要注意だ;
 プーチン氏への異常な計らい(注2)
 ネタ二ヤフ氏の過剰な甘やかし(注2)
 習近平氏、金正恩氏へのラブコール
 ボルソナーレ前大統領(ブラジル)への異様な思い入れ(対ブラジル異常関税)

(注2)さすがのトランプ氏も、1対1では百戦錬磨のプーチン氏、ネタ二エフ氏に手玉にとられている。もっとプロの集団を活用する必要がある。

●各種いじめ:対外
 弱者へのえげつない口撃(異常なまでの攻撃性)(ゼレンスキー氏いじめほか)
 小国いじめ(デンマーク、グリーンランドなど)
 近隣国いじめ(カナダ、メキシコなど)
   
●各種嫌がらせ:国内
 政敵を罵倒(バイデン氏、マスク氏・・・・)
 民主党が強い州への嫌がらせ(軍派遣など)
 ハバード大学などへの執拗な攻撃(妬み)

●強烈な「被害者メンタリティー」
 このパッション抜きにトランプ関税は考え難い(次項で概説)

●公私「融合」
 国政とファミリービジネスの「融合」(利益の執着)・・・・国政の私物化

●恣意性
 法令の軽視ないし恣意的運用(含、国際法)
 解せないCIA幹部人事介入
 軍高官人事への恣意的介入 
統計局長の解雇(怒り)
民間企業の営業、人事への介入
   
●むらっ気
 自己抑制のきかない言動(思慮不足、短慮)
 コロコロ変わる政策(TACO)(気まぐれ)
 コロコロ変わる発言(気まぐれ)
 虚偽発言の連続(ポスト・トゥルース)

(その2)制度主義が大幅に後退=国家の制度・機構・インフラの弱体化、国の信用・威信の失墜、国力の低下などが懸念される;

 多くの政府機関(含、援助機関)の廃止、ないし、弱体化
 プロフェッショナルな人材の解雇、ないし、不活用
 (含、CIA、軍、国務省などの幹部の過激人事)(注3)
 政策における一貫性の欠如
 閣僚の「イエスメン化」、閣僚の質の低下
 立法府の機能低下
 司法の軽視
 訴訟の濫用(特に、政敵に対するもの)
   
(注3)米軍、CIAなどの弱体化は、日本の安全保障にもろに影響。他人事では済まされない。

制度主義との綱引き

このように見ると、トランプ氏は、米国政治に、ラ米的ペルソナリスモを過激に注入すると共に、制度主義をグチャグチャに壊しつつあることが分かる。
 
トランプ氏はラ米人ではないが、「ラ米人の魂」が乗り移ったが如くに振舞っており(少なくとも、筆者にはそう見える)、それらを通じ、米国はもとより、日本を含む西側諸国の国益が棄損され、国際秩序が不安定化しつつある。

なお、中国でも、日本同様、制度主義が強いと言われている。強力な共産党官僚が統治しているので、政治・政策は安定的(まま硬直的)である。政治・政策が不安定な米国と好対照をなす。
  
中国とトランプ氏の米国の綱引きは、制度主義(中国)とぺルソナリスモ(米国)の綱引きと言って良い。プロ集団を動員できる中国は、制度主義が後退し、プロ集団を活用できなくなっている米国より、基本的に有利な立場にある。

かかる事態の改善・転換を見られるのは、トランプ退任後となるのか?退任後には、本当に事態の好転はあり得るのか?
 
私は、このトランプ氏の過激なスタイルは、同氏退任後、氏と共に薄まると見る。なぜなら、このペルソナリスモは、同氏に特有な気質に由来するものであり、多くの米国人にシェアされているものではないからだ。その意味で、ワシントンの政治風土の「ラ米化」は、表層の変化に過ぎないのかも知れない。

巷間では、トランプ退任後も、トランプ的政治が続くと見る人が多い。戦略、政策と言ったサブスタンスについてはそうだろう。が、こと仕事のスタイルに関しては、前述のように、ラ米的で過激なぺルソナリスモは後退し、制度主義が復活するだろう。ただ、米国の機構・制度は、ずたずたに切り裂かれてしまったことから、それらの復旧、国力の回復には難儀するであろう。
 
なお、米国の風土から見て特異といえるこの過激なペルソナリスモが後退するにつれ、権力者に「自制」を求めると言うアングロ・アメリカン的美風が戻ってくることが期待される。

最後に、トランプ氏の天才的能力がはらむ危険性について、ひと言。かれのような天才は、「モノを創造する」時だけでなく、「モノを破壊する」と言う面でも強烈なパワーを発揮する。が、天才は往々、自分の破壊力への自覚がない。周囲の人物を含め、何人もストッパーをかけられないまま、破壊行為が続いていることに、米国国民はそろそろ気づくべきであろう。

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