「自動車王」も「英雄」も見事にはまった“陰謀論”|松崎いたる

「自動車王」も「英雄」も見事にはまった“陰謀論”|松崎いたる

「単なるデタラメと違うのは、多くの人にとって重大な関心事が実際に起きており、その原因について、一見もっともらしい『説得力』のある説明がされることである」――あの偉人たちもはまってしまった危険な誘惑の世界。その原型をたどると……。


単なるデタラメではない

Getty logo

トランプ米大統領の熱烈な支持者には多くのQアノンたちがいると言われている。Qアノンはもともと「Q」を名乗る匿名の人物または集団が、「米政府の機密情報にアクセスできる」などと自称し、インターネット上に謎めいた投稿を繰り返したことから始まる。その投稿を信じた匿名の人たち(アノン=Anonymous)がQの言説をさまざまに解釈しSNSなどで拡散するようになり、Qアノンと呼ばれるようになった。

したがってQアノンには実体的な組織はなく、綱領的な目的などが明示されているわけではない。ただ、彼らの主張には一定の共通性や方向性があり、その代表的なものがいわゆるディープステートである。

ディープステートとは本来、国家の公式な制度や選挙で選ばれた政府とは別に存在する長期的に権力を握り続ける官僚機構・軍・情報機関などを指す概念であったが、Qアノンの間では、アメリカには選挙で選ばれた大統領や議会など表に見える政府の裏に隠れ、影で国を支配する勢力とされ、その勢力には、FBI・CIA・NSAなどの情報機関、国防総省の高官、官僚組織が含まれという。またディープステートはアメリカの政界だけでなく、国際金融資本、国連、NATO、メディア、ハリウッドなどとも結びつき、アメリカをはじめとした世界の政治、経済、報道、文化を支配しているとも信じられている。

2021年の大統領選挙で、当時現職のトランプ氏がバイデン氏に敗れたのも、「ディープステートの謀略だ」と主張されており、選挙後に起きた国会議事堂選挙事件にもつながる思想的背景ともなった。Qアノンたちは、トランプ氏を「ディープステートと戦う唯一の指導者」、「巨大な陰謀に立ち向かう救世主」とみなしているのだ。

Qアノンによる「ディープステート」説は、常識的にみれば典型的な陰謀論である。陰謀論とは、社会的に大きな出来事が起きた際に、大きな闇の力が働き、その出来事を引き起こしたとみなす考え方のことだが、客観的な根拠が示されないことが陰謀論の特徴でもある。

「根も葉もないデタラメ」といえばそれまでだが、陰謀論が単なるデタラメと違うのは、多くの人にとって重大な関心事が実際に起きており、その原因について、一見もっともらしい「説得力」のある説明がされることである。

現職でしかも人気も実力もあるトランプ氏が、弱弱しい印象のバイデン氏に選挙で敗れた現実に対して、納得できる理由を求めていた人たちにとっては、「ディープステートによる陰謀」はその疑問にぴったりとはまる解答となった。

これは「エジプトのピラミッドは実は宇宙人がつくった」とか、「異常気象は某国の気象兵器による攻撃である」などと同じ類の話だ。客観的に証明ができないのは、原因が「闇の力」であり、厳重に秘匿されているからであると説明される。

原型はユダヤ陰謀論

ディープステート説で興味深いのは、かつて流行した別の陰謀論が原型になっていることである。それは20世紀の前半に広まった「ユダヤ人が全世界征服を狙っている、もしくはすでに支配されている」というユダヤ陰謀論だ。

この「ユダヤ人」を「ディープステート」に置き換えれば、そっくりQアノンの主張と同じになる。 ご存じの通り、トランプ大統領はガザ地区におけるイスラム組織ハマスとの紛争でも、イスラエル支持を明確にし、アメリカ国内でもユダヤ人擁護の姿勢を鮮明にしている。そのトランプ氏の支援者であるQアノンが、かつてユダヤ人迫害の根拠として使われたユダヤ陰謀論を、表紙だけを付け替えてトランプ氏援護のために利用しているのだ。

関連する投稿


チャーリー・カーク暗殺と左翼の正体|掛谷英紀

チャーリー・カーク暗殺と左翼の正体|掛谷英紀

日本のメディアは「チャーリー・カーク」を正しく伝えていない。カーク暗殺のあと、左翼たちの正体が露わになる事態が相次いでいるが、それも日本では全く報じられない。「米国の分断」との安易な解釈では絶対にわからない「チャーリー・カーク」現象の本質。


日本人だけが知らない「新型コロナ起源説」世界の常識|掛谷英紀

日本人だけが知らない「新型コロナ起源説」世界の常識|掛谷英紀

新型コロナウイルスが武漢ウイルス研究所で作られ、流出したものであるという見解は、世界ではほぼ定説になっている。ところが、なぜか日本ではこの“世界の常識”が全く通じない。「新型コロナウイルス研究所起源」をめぐる深い闇。


ディープステートの正体|なべやかん

ディープステートの正体|なべやかん

大人気連載「なべやかん遺産」がシン・シリーズ突入! 芸能界屈指のコレクターであり、都市伝説、オカルト、スピリチュアルな話題が大好きな芸人・なべやかんが蒐集した選りすぐりの「怪」な話を紹介!


8647―「トランプ暗殺指令」が示したアメリカの病理|石井陽子

8647―「トランプ暗殺指令」が示したアメリカの病理|石井陽子

それはただの遊び心か、それとも深く暗い意図のある“サイン”か――。FBIを率いた男がSNSに投稿した一枚の写真は、アメリカ社会の問題をも孕んだものだった。


ヨーロッパ激震!「ロシア滅亡」を呼びかけたハプスブルク家|石井英俊 

ヨーロッパ激震!「ロシア滅亡」を呼びかけたハプスブルク家|石井英俊 

ヨーロッパに君臨した屈指の名門当主が遂に声をあげた!もはや「ロシアの脱植民地化」が止まらない事態になりつつある。日本では報じられない「モスクワ植民地帝国」崩壊のシナリオ。


最新の投稿


【編集長インタビュー】次の総裁と日本の背骨を作り直そう|萩生田光一【2025年11月号】

【編集長インタビュー】次の総裁と日本の背骨を作り直そう|萩生田光一【2025年11月号】

月刊Hanada2025年11月号に掲載の『【編集長インタビュー】次の総裁と日本の背骨を作り直そう|萩生田光一【2025年11月号】』の内容をAIを使って要約・紹介。


高市早苗 戦闘宣言|小川榮太郎【2025年11月号】

高市早苗 戦闘宣言|小川榮太郎【2025年11月号】

月刊Hanada2025年11月号に掲載の『高市早苗 戦闘宣言|小川榮太郎【2025年11月号】』の内容をAIを使って要約・紹介。


【今週のサンモニ】低次元な高市新総裁批判|藤原かずえ

【今週のサンモニ】低次元な高市新総裁批判|藤原かずえ

『Hanada』プラス連載「今週もおかしな報道ばかりをしている『サンデーモーニング』を藤原かずえさんがデータとロジックで滅多斬り」、略して【今週のサンモニ】。


【読書亡羊】ウイグルに潜入したら見えてきた「中国の本当の姿」とは  西谷格『一九八四+四〇――ウイグル潜行』(小学館)|梶原麻衣子

【読書亡羊】ウイグルに潜入したら見えてきた「中国の本当の姿」とは 西谷格『一九八四+四〇――ウイグル潜行』(小学館)|梶原麻衣子

その昔、読書にかまけて羊を逃がしたものがいるという。転じて「読書亡羊」は「重要なことを忘れて、他のことに夢中になること」を指す四字熟語になった。だが時に仕事を放り出してでも、読むべき本がある。元月刊『Hanada』編集部員のライター・梶原がお送りする時事書評!


「ドバイ案件」の黒い噂|なべやかん

「ドバイ案件」の黒い噂|なべやかん

大人気連載「なべやかん遺産」がシン・シリーズ突入! 芸能界屈指のコレクターであり、都市伝説、オカルト、スピリチュアルな話題が大好きな芸人・なべやかんが蒐集した選りすぐりの「怪」な話を紹介!信じるか信じないかは、あなた次第!