違和感しかない犠牲者面
② 米国の「第三世界化」 (トランプ関税の根っこに強烈な「被害者意識」)
加えて、米国は「新興国化」しているとの見方が拡がっている。ファイナンシャル・タイムズのラナ・フォルーハー氏はこう指摘する(25年7月11日付FT)。
世界各国の政治的リスクを比較すると、米国のリスクは格段に高く、今や、トルコ、コロンビア、メキシコ、イスラエル並みとなっている、と。
更に、米国では、政治家の権威主義的振る舞いが目に付くようになっており、「新興国」並みに権威主義が強まっている。
「新興国」、否、「第三世界」的な言辞を拡散していると言う面で際立つのが、これまたトランプ氏だ。
どういうことか。先ずは、「米国は被害者だ」と声高に叫ぶトランプ氏の声を聞いてみよう。同氏はこう主張する
≪米国は数十年にわたり多くの国からの輸出によって犠牲を強いられた。特に、ラストベルトの産業は中国、ベトナム等からの輸出攻勢の犠牲になった。だから、トランプ関税は正当だ≫。
この「自分たちは犠牲者だ」という主張は、植民地主義に虐げられた第三世界に加え、反欧米感情を持つプーチン氏や習近平氏が、多年にわたり合唱して来た。これらの国々が「犠牲者面」することは、一応理解できる。が、世界最強の米国が「犠牲者面」することには、違和感がある。
トランプ氏が、第三世界の為政者と瓜二つの「犠牲者面」を見せる時、私には、かれらの魂がトランプ氏に乗り移ってしまっている(=憑依)ように見えてならない。トランプ氏は、第三世界的魂を「借用」し、かれら顔負けの強烈なレトリックを仕立て、「怒り」を爆発させて見せた。この演技が、大統領選挙で役に立ったことは言うまでもない。
お門違いの主張
かくして、米国政治は「第三世界化」し、関税、関税と叫んでいる。トランプ氏は大した「役者」だ。
とは言え、米国は日本、中国、ベトナムなどの犠牲になっているとのトランプ氏の議論は、フェイクそのものだ。「覇権国」米国はIT産業に重心を大幅にシフトし、巨万の富を築いた。米国は、ITで稼いだ巨万の資金の一部を斜陽地域(の活性化)に振り向けるべきであった。
だが、当局はGAFAからの徴税には消極的だった。製造業、斜陽地域を放置したのは米国政府に他ならない。日本やベトナムがけしからんと言うのは、お門違いだ。
トランプ氏は、斜陽化や赤字は全て外国のせいだと本気で信じているようだ。同氏は、生来、「被害者意識」が強い人のようで、それ故、自然体で「犠牲者面」が出来るのだろう。海外の「悪玉」に仕返しせねばと言い張り、もって、票を稼ぎ、大統領に返り咲いた。
氏は、しばしば「日本はけしからん」と叫ぶ。日本をやり玉に挙げるのは、氏が「第三世界」的魂にとりつかれている時であり、そのような魂が氏を支配しており、氏が熱している瞬間は、彼に正論をぶつけ、同盟関係を強調しても、馬の耳に念仏だろう。赤沢大臣の苦労が偲ばれる。
以上が、米国の「第三世界化」のあらましだ。世界最強の経済パワー・覇権国である米国、然も、ドル基軸制に伴う特権の上に胡坐(あぐら)をかいて、うまみを吸い尽くしている米国が、「中小国の犠牲になっている」と言う見立てほど、馬鹿馬鹿しいものはない。
特に、「裏庭」にあたるラテンアメリカやカナダをいじめ抜いているトランプ氏が、「自分達は犠牲者だ」と言い張っている姿は、滑稽千万だ。弱者・犠牲者のふりをして、諸外国からむしり取ろうという算段なのだろう。
なお、彼が求めているものは、実質的には特恵関税に他ならない。特恵関税は、本来弱小国に与えられるものである。それを最強国に認めるってどういうことか?論理の倒錯以外の何ものでもなかろう。
③ 米国の「19世紀化」
更に、トランプ氏が「19世紀的メンタリティー」を政治の場に注入していることにも注目したい。
特に、かれが尊敬している第25代大統領W.マッキンリー(在位1897‐1901)の業績、すなわち、マッキンリーの保護主義を基盤とする高関税政策、並びに、帝国主義的領土拡張政策(フィリピン、ハワイ併合、グアム、プエルトリコ割譲などの成果)は、トランプ氏にとって格好の手本(ロールモデル)となっていると言われている。
その次のセオドア・ローズベルト大統領は、パナマ運河を米国の配下の治めるための布石を打った。米国の裏庭にあたるラテンアメリカを、外部勢力から遮断し、力で支配する棍棒外交は、マッキンリー大統領の拡張主義の延長であった。
トランプ外交がこうした19世紀の米国帝国主義の精神にとりつかれていることは、パナマ、ベネズエラ、メキシコ、カナダ、グリーンランドなどへのトランプ氏の強面の姿勢から明らかだ。
氏の高関税策、弱者いじめも、19世紀の遺産だ。「餓鬼大将」的魂が米国に蘇って来たと見る。アラスカの名峰デナリの名称をマッキンリーに復したことも、トランプ的復古主義の一端と見る。
このほかにも、トランプ政治には、時計の針を大々的に巻き戻している事例、1900年代、1930年代を想起させるようなアナクロ的施策が多い。誤解を恐れずに言えば、トランプ氏は現代に飛び込んで来た「19世紀の人」なのだ。


