トランスジェンダー予備自衛官の本音|小笠原理恵

トランスジェンダー予備自衛官の本音|小笠原理恵

バイデン大統領は2021年1月25日、トランスジェンダーの米軍入隊を原則禁止したトランプ前大統領の方針を撤廃する大統領令に署名した。米軍では大統領が変わるごとにLGBTの扱いが激変――。だが、自衛隊ではお互いに理解を深めつつ共存している。その一例をご紹介しよう。


戸籍上の性別変更をしない理由

離婚後の美月氏にも新たな家族ができた。性的なつながりだけが家族や配偶者との絆のすべてではない。現在の家族は女性パートナーとそのお子さんだ。このお二人は彼(彼女)の理解者であり大事な家族である。この家族を守るためには現状の戸籍法では美月氏が男性である必要がある。

現在の美月氏は身体的特徴では女性だが、戸籍上は男性のままだ。戸籍上は男性の美月氏は、女性パートナーとの婚姻が可能だ。戸籍と家族について、美月さんが抱える問題を聞いた。

「私は現在、女性のパートナーと、その娘と生活しています。いまだ入籍はしていません。しかしながら、将来的には、必ずきちんと籍を入れて『配偶者』として『扶養』したいし、『遺族年金』も受け取れるようにきちんとしたいと思っています。

予備自衛官の身分証明書の写真を男性の写真から女性の写真に切り替えるときに、『戸籍上の性別をどうするのか?』と聞かれました。そこで色々考えましたが、『戸籍上の性別変更はしない』と答えています。

おそらく一般の方は、『せっかく思い切って性転換手術(オペ)したのに……なんで、戸籍上の性別を変更しないのって?』と疑問に思う方が多いのではないでしょうか。ある意味、実にごもっともな意見や感想だと思います。

ただ、安易に戸籍上の性別を変更すると家族との関係が壊れてしまいます。説明しますね。

現在の法律での性別変更要件は、
・性転換手術が終わっていて、さらに「結婚していない」こと、
・未成年の子供がいないこと、
となっています。

性転換手術済みの方がパートナーと婚姻状態であれば、パートナーは法律上の『配偶者』です。いまだに同性婚は法律上認められていませんから、戸籍上の性別変更をすること=パートナーと婚姻解消(離婚)となります。婚姻解消しなければ戸籍上の性別変更はできません。

法律上(戸籍上)の『配偶者』でなくなれば、法律上(戸籍上)の『扶養者』、『被扶養者』、『遺産相続権』等の諸権利を失うことになり、子供がいる場合『親権』も無くなってしまいます。すなわちただの『内縁関係』になります。『法律上の家族を重んじる国家』である日本社会においては、これはかなり『重い選択』ではないでしょうか。

現在の家族といずれ婚姻することを考えているので、私は戸籍上の性別変更をしません。とりあえず、現時点では『遺産相続』については弁護士監修の遺言書を作成して法務局に保管しておりますが……」

お互いがよりよく過ごせる道は必ずある

自衛隊内で静かに起きた、予備自衛官の性転換と進退伺いからの双方の問題解決に向けた歩み寄り。この一連の話を聞き、実際にトランスジェンダーとして生きる人の様々な論点を知ると、まだまだ知らない、気づかないことが多いことがわかる。

そのなかで、優秀な予備自衛官の生活環境を整えるため、自衛隊地域協力本部の丁寧な調整の仕事を知ることができた。これは一人のトランスジェンダーの予備自衛官の話であり、あくまでも個別の一例に過ぎない。

しかし、一人ひとりと向き合ってうまくお互いを知ることで、優秀な人材を有効に活用できるという貴重な実例である。自衛隊に限らず、人材の採用は、その職務を行う能力があるかどうかが重要だ。人材不足の自衛隊では、タトゥー(入れ墨)を入れている人材の採用も検討されていると聞く。

入隊条件に照らし合わせた上で、健康で意欲があり、規律の遵守や秘密保持などができる適正な人材であれば、美月氏のようなLGBT人材の採用も検討してはどうか。

能力の高い人材がたまたまトランスジェンダーだった時にどう対処するのかという答えが、「理解増進」ということなのだろうと思う。

LGBT法の問題点を洗い出すことも必要だが、このような理解増進で得られるものもあるのだと知っておいてほしい。お互いがよりよく過ごせる道は必ずあるものだと筆者は信じている。

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