ロシアと北朝鮮の「悪の取引」|西岡力

ロシアと北朝鮮の「悪の取引」|西岡力

米韓軍事演習への対抗措置として、4日間で39発のミサイル乱射した北朝鮮。その常軌を逸した行動の裏には、ロシアの影が――。


北朝鮮は今年11月9日までに約九十二発の弾道ミサイル、地対空ミサイル、巡航ミサイルを発射した。そのうち、1月から4月までの17発中15発は国防科学院の「試射」だった(1月14日の2発は「鉄道機動ミサイル連隊の検閲射撃訓練」)5月から8月の16発は公式報道がなかったが、やはり、大部分が国防科学院の試射である可能性が高い。
 
ところが、9月25日から10月9日までの14発の発射は金正恩総書記が現地で指導した「戦術核運用部隊の軍事訓練」だと公表された。開発中のミサイルの「試射」ではなく短距離と中距離、つまり韓国、日本、グアムを狙う核ミサイルを撃つ訓練、「核攻撃軍事演習」だったことが明らかになったのだ。その上、模擬核弾頭を付けた、ともされた。
 
戦術核運用部隊の名前が表に出て来るのも初めてのことだ。人民軍は陸軍、海軍、空軍、戦略軍、特殊作戦軍の5軍体制を取っている。そのなかでも核ミサイルを運用するのは戦略軍と言われているが、「戦術核運用部隊」がどの軍に所属しているかは明らかになっていない。
 
しかし、11月2日から5日までの39発のミサイル発射は「試射」や「訓練」、はたまた「核攻撃軍事演習」でもなく、さらに上のフェーズ、「朝鮮人民軍の軍事作戦」だった。
 
39発の発射のなかでも注目すべきは、鬱陵島方向に飛んできた短距離弾道ミサイルだ。2日午前8時51分に元山から日本海側に短距離弾道ミサイルを三発発射、そのうち1発が、NLL(北方限界線)を越えて鬱陵島方向に飛んできて、手前で落ちた。そのため、鬱陵島では空襲警報がかかり住民が避難した。
 
NLLとは朝鮮戦争休戦時に制海権を握っていた米軍が引いたライン、事実上の海の休戦ラインだ。これまで北朝鮮はNLLの南側にミサイルを撃ち込んだことはなかった。
 
それに対抗して韓国軍がNLLの北側に3発の空対地ミサイルを射ち込む。今度はそれに対抗して北朝鮮が同日午後「南朝鮮地域の蔚山市の前方80キロ付近の水域の公海上に2発の戦略巡航ミサイルで報復打撃を加えた」と7日に公表。2発の巡航ミサイルがそれぞれ発射されるときの様子と空中を飛ぶ様子の写真まで出した。
 

中国の台湾侵攻もあり得た

蔚山は韓国の東南部に位置する工業都市。そこからわずか80キロしか離れていない海に北朝鮮がミサイルを2発撃ってきたというのだからすさまじい軍事挑発だ。
 
ただ、巡航ミサイル発射当日、韓国側からはその発表がなく、北朝鮮の発表後、韓国軍は彼らが言うところの巡航ミサイルの着弾はなかった、と否定している。
 
韓国軍はNLLを超えて着水した短距離弾道ミサイルの残骸を水中から確保し、形状と特徴からソ連製のS-200地対空ミサイル(SA5地対空ミサイル)だったと明らかにした。
 
S-200は1960年代にソ連が開発し、80年代に北朝鮮がソ連から持ち込んだ旧式のミサイルだ。韓国の中央日報は「60年代開発のくず鉄ミサイル」と書いた。
 
従来の「試射」や「訓練」ではなく、「軍事作戦」によるミサイル発射で、かつてないほど軍事的な緊張を高めたのだ。プーチンとの取引を金正恩が忠実に実行したと見て間違いないだろう。
 
実は、ウクライナ戦争開始前後からロシアは北朝鮮に接近していた。ウクライナ戦争の開戦直後に、私が入手した内部情報によると、プーチンは開戦前に金正恩に対して、「1週間以内にウクライナを占領する計画だ」と伝えていた。ウクライナがこれほど英雄的に抗戦するとは想像していなかったのだ。様々な情報から、プーチンが早期に戦争で勝利できると考えていたことは明らかになっているが、北朝鮮内部情報でもそれが裏打ちされたと言える。
 
その情報によると、ロシアが計画通り1週間で戦争に勝利すれば、中国が台湾との戦争に突入し、北朝鮮は米軍を攪乱する局地戦を行うことが謀議されていたという。中国は早ければ今年末か来年に台湾侵略を計画していた。その作戦にあたって、中国が北朝鮮に対して朝鮮半島で局地戦を起こして米軍を攪乱して欲しいと依頼していたという。
 
中国の台湾侵略と同時に人民軍は西海五島地域での局地戦を検討していた。五島を同時に攻める作戦やペンニョンドを攻める作戦などが案として上がっていた。北朝鮮からすると五島は喉に刺さったとげであり、機会があれば占領したいと狙っていたからだ。
 
ところが、予想に反してロシア軍は苦戦した。そのため、中国の台湾侵攻も計画修正が不可避で、北朝鮮も中国の戦争に加担したら自分たちだけが損害を受けると考えるようになった。つまり、ウクライナの英雄的な抗戦が東アジアの平和を守ったのだ。
 

当惑する金正恩

矢板明夫産経新聞台北支局長も、ロシア側の内部情報として、私とほぼ同じ情報を入手、月刊『正論』(2022年6月号)でこう述べている。

〈ロシア側の内部情報によると、習近平は今秋に台湾侵攻することを考えていたと言います。
 ウクライナが二、三日で制圧されたら、同じように台湾もやれる、と習近平は選択肢の一つとして考えていたのだと思います。……しかし現在、ロシアは思いのほか苦戦しています。ウクライナの非常に強い抵抗に遭うし、国際社会がこれほどウクライナを支援するとはプーチンも習近平も考えていなかったはずです。……習近平の台湾攻略の野望が今回の失敗・苦戦によって完全に白紙に戻った、ということが中国への最大の影響になるでしょう〉
 
北朝鮮内部情報とロシア情報がほぼ一致しており、この情報の信憑性は高い。
 
金正恩政権はウクライナ戦争に高い関心を持っていた。ロシア軍の戦いぶりは朝鮮人民軍の戦闘力が試されているという側面がある。彼らの軍隊はロシアの兵器で武装しているからだ。
 
金正恩は戦争開戦直後に朝鮮人民軍参観団をウクライナのロシア軍に随行させ、人民軍の偵察総局と総参謀本部から合計20人程度が参加した。ロシア軍の装備とウクライナに提供された西側の兵器の実戦での状況を検討し、戦争過程を把握し北朝鮮に適用することが目的だ。
 
その結果、肩担ぎ型の対戦車ミサイルのジャべリンやドローンなどによってロシア軍が大きな被害を受ける場面が平壌に報告された。
 
報告を聞いて、金正恩と人民軍首脳部は軍事大国と言われていたロシアの弱さに当惑した。
 
ウライナ侵略戦争でロシア陸軍の弱さを見て、金正恩は同じロシア製兵器で武装している北朝鮮陸軍が予想外に弱いことを知ってしまった。それまで米軍さえ撤退させれば奇襲攻撃で韓国を占領できると考えてきたのだが、韓国軍単独でも北朝鮮軍は敗退する可能性が高いという不都合な真実に直面したのだ。
 
6月の党中央軍事委員会で、通常兵力では韓国単独でもかなわないから核ミサイル開発に集中する方針を非公開で決めたという。9月に核使用の法律を作って自分の命を守ることを最優先とし、自分に危害を加えるならば核で反撃するぞというメッセージを出したのも同じ脈略だ。
 

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