安全保障上の危機に鈍感な日本|田久保忠衛

安全保障上の危機に鈍感な日本|田久保忠衛

極東においてロシアの近隣に位置し、しかも、今回の戦争を不気味に静観している中国の脅威に直面しているはずの日本は、どうしているのか。ドイツに比べて鈍感だと笑い話で済むことではない。


トルーマン、アイゼンハワー、ケネディなど、戦後の米国の歴代大統領が民主主義、自由主義の大義名分を掲げ、颯爽(さっそう)と先頭を切って走った時代はどこへ去ってしまったか。

小国ウクライナが大国ロシアの大軍10万人以上によって侵略を受けているにもかかわらず、バイデン米大統領はウクライナ周辺の北大西洋条約機構(NATO)加盟国に限定的な派兵をした以外に、経済制裁措置によるロシア締め上げに力を入れるだけで、ウクライナには米兵を1人も投入しない方針だ。

仮にウクライナがロシアに占領されたり、ゲリラ戦の泥沼にはまったりしたら、国際秩序維持のうえで米国が果たすべき役割にこれまで以上の疑問符が付けられよう。

直接軍事介入をためらう米国

米国がウクライナ問題で内向き志向になった理由の第一は、トランプ前政権で明らかになった自国の狭い国益中心の「アメリカ・ファースト」の考え方が、対立の著しい民主、共和両党にさえ共有されているという事実であろう。

第二に、核兵器の使用もあり得るとほのめかすプーチン・ロシア大統領の恫喝(どうかつ)には慎重に対処せざるを得ない。米国民の間に、第3次世界大戦の引き金になるような危険な対立を回避したいとの感情が行き渡っている。

第三は、米国にとっての最大の敵である中国に対応するために構築したアジア重視の戦略である。今の米国にはアジアと欧州の両方に同時に戦線を設定する軍事的能力はない。また、アジア重視の戦略を軽々と欧州重視に再転換することは不可能である。

自由を求め、民主主義国家への一歩を踏み出した、愛国心に燃えるウクライナ人への同情心は西側諸国の間で拡大しつつある。ウクライナに侵攻したプーチン大統領の判断は最初から誤りだったといってよかろう。バイデン大統領の下で各国がこぞって経済制裁を実施しているのは、米国の指導力だけでは説明できない。制裁の返り血を浴びるかも知れないが、効果は次々に明らかになるだろう。

ロシア国内の反政府・反戦運動とも連動して、プーチン大統領の独裁を揺るがす事態に発展しないかどうか。「プーチンの終わりの始まり」(フォーリン・アフェアーズ誌)との見方も生まれている。

露軍侵攻に敏感に反応した欧州

複雑この上ない国際情勢の中で、日本の立ち位置はどう考えたらいいか。戦後、軍事忌避の傾向が強かったドイツは、ロシアの侵攻後、直ちに国防費をNATOの基準である国民総生産(GDP)の2%に引き上げるなど、国防政策の大転換に踏み切った。永世中立国スイスのほか、スウェーデン、フィンランド、ノルウェーなども、ウクライナへの武器供与を断行した。沈滞気味の米国を支える欧州諸国は、ロシアが引き起こした安全保障上の危機に敏感に反応して立ち上がった。

極東においてロシアの近隣に位置し、しかも、今回の戦争を不気味に静観している中国の脅威に直面しているはずの日本は、どうしているのか。ドイツに比べて鈍感だと笑い話で済むことではない。(2022.03.14 国家基本問題研究所「今週の直言」より転載)

関連する投稿


今こそ防衛装備移転三原則の改定を!|和田政宗

今こそ防衛装備移転三原則の改定を!|和田政宗

戦後の世界秩序や常識がロシアのウクライナ侵略によって完全に破壊された――。もうこれまでの手法では、我が国の平和も世界の平和も守れない。今こそ防衛装備移転三原則の改定を行うべきではないか。


「善意の調停者」演ずる中国にだまされるな|湯浅博

「善意の調停者」演ずる中国にだまされるな|湯浅博

習近平主席の訪露。中露首脳会談では、12項目和平案を軸としてロシアに有利な条件を詰めるだろう。習氏はロシア訪問後にウクライナのゼレンスキー大統領と電話会談を探っているようで、欺瞞外交を通じてピースメーカーとして振る舞い、米国との戦略的競争を乗り切ろうとしている。


歴史の真実を無視した「解決策」は長続きしない|西岡力

歴史の真実を無視した「解決策」は長続きしない|西岡力

尹錫悦政権が発表した朝鮮人戦時労働者問題の「解決策」は「期限付き日韓関係最悪化回避策」だ。韓国の左派野党やマスコミは尹政権の解決策を加害者に譲歩した屈辱外交だと激しく非難しているから、政権交代が起きれば財団は求償権を行使して、日本企業の財産を再び差し押さえるなど、今回の措置は覆される危険が高い。


迫り来る北朝鮮の核脅威を直視せよ|西岡力

迫り来る北朝鮮の核脅威を直視せよ|西岡力

我が国ではほとんど取り上げられないが、朝鮮半島で核をめぐる軍事緊張が急速に高まっている。この目の前の脅威をなぜ我が国が直視しないのか。


バイデン一般教書演説に覚えた危惧|島田洋一

バイデン一般教書演説に覚えた危惧|島田洋一

バイデン米大統領の7日の一般教書演説は、インド太平洋戦略を共に担う日本にとって不安を覚えざるを得ない内容だった。まず、中国に言及しながら「台湾」が一言も出なかった。


最新の投稿


今こそ防衛装備移転三原則の改定を!|和田政宗

今こそ防衛装備移転三原則の改定を!|和田政宗

戦後の世界秩序や常識がロシアのウクライナ侵略によって完全に破壊された――。もうこれまでの手法では、我が国の平和も世界の平和も守れない。今こそ防衛装備移転三原則の改定を行うべきではないか。


【読書亡羊】権力と官僚の「幸せ」な関係とは 兼原信克、佐々木豊成、曽我豪、高見澤將林著『官邸官僚が本音で語る権力の使い方』

【読書亡羊】権力と官僚の「幸せ」な関係とは 兼原信克、佐々木豊成、曽我豪、高見澤將林著『官邸官僚が本音で語る権力の使い方』

その昔、読書にかまけて羊を逃がしたものがいるという。転じて「読書亡羊」は「重要なことを忘れて、他のことに夢中になること」を指す四字熟語になった。だが時に仕事を放り出してでも、読むべき本がある。元月刊『Hanada』編集部員のライター・梶原がお送りする週末書評!


「善意の調停者」演ずる中国にだまされるな|湯浅博

「善意の調停者」演ずる中国にだまされるな|湯浅博

習近平主席の訪露。中露首脳会談では、12項目和平案を軸としてロシアに有利な条件を詰めるだろう。習氏はロシア訪問後にウクライナのゼレンスキー大統領と電話会談を探っているようで、欺瞞外交を通じてピースメーカーとして振る舞い、米国との戦略的競争を乗り切ろうとしている。


東日本大震災から12年 日本の「恩返し」が世界を救う!|和田政宗

東日本大震災から12年 日本の「恩返し」が世界を救う!|和田政宗

12年目の3月11日、南三陸町志津川、名取市閖上で手を合わせた後、東松島市の追悼式、石巻市大川小の追悼式に。お亡くなりになった方々が空から見た時に、「街も心も復興が成ったなあ」という復興を成し遂げていかなくてはならない。そして、東日本大震災の経験を、国内外の人々の命を守ることにつなげていかなくてはならない。


歴史の真実を無視した「解決策」は長続きしない|西岡力

歴史の真実を無視した「解決策」は長続きしない|西岡力

尹錫悦政権が発表した朝鮮人戦時労働者問題の「解決策」は「期限付き日韓関係最悪化回避策」だ。韓国の左派野党やマスコミは尹政権の解決策を加害者に譲歩した屈辱外交だと激しく非難しているから、政権交代が起きれば財団は求償権を行使して、日本企業の財産を再び差し押さえるなど、今回の措置は覆される危険が高い。