財政出動のカギは乗数効果
そもそも岸田政権は、「所得倍増」「成長と分配の好循環」について、どのようにやれば実現できるかについて徹底的した分析を行っているのか。
諸外国は、データ分析を徹底的にやったうえで政策を決めています。分析したうえでも失敗することはありますが、少なくともエビデンスもなしに「所得倍増」 「成長と分配」と口にするよりは何倍もマシでしょう。
財政出動にしてもそうです。諸外国は乗数効果、つまり、「どこ」に「いくら」出したら経済効果として何倍になって戻ってくるかを分析しています。乗数が一なら、政府が支出した分だけGDPは増えます。1以上になれば、当然、国の借金の対GDP比率は低下しますから、財政は改善します。
乗数効果を調べるにはビッグデータの分析が不可欠ですが、中小企業の数すら各省庁でバラツキのある日本では、そもそも正確な統計、データがないため、分析もできない。
私が「やみくもな財政出動は避けるべきだ」と主張すると、財政出動主義者やMMT論者から「この緊縮派め!」と批判がきます。
彼らは、政府が100兆円の支出をすればGDPは自動的に100兆円以上、場合によっては300兆円も純増すると信じているようです。
それは、財政出動主義者がケインズ経済学の教科書に出てくる乗数効果を割り出す計算式を元にしているからです。その教科書では、乗数は八倍になったり、10倍になったりします。しかし、あの計算式はあくまで例であって、愚直に信じているのは日本人くらいです。
現実は、0・5倍から1・5倍までの幅であることがビッグデータ分析によってわかっています。この幅は、好景気か不景気かによって決まるとされて、一定ではないのです。
中野剛志氏の単純ミス
最近、MMT論者で知られる中野剛志氏の著書『奇跡の経済教室 【基礎知識編】』を読んでいたら驚きました。
OECD33カ国の財政支出の伸び率と経済成長率を較べたグラフを出しており、そのグラフを見ると、財政支出が増えているアメリカや中国はGDP成長率が高く、反対に財政支出が少ない日本は全然成長していない。財政支出と経済成長は見事に相関しているのだ――中野氏はそう結論づけています。
私は、その結論を読んで然としました。原因と結果を取り違えているからです。真逆の図表を作れば、全く同じような相関が取れます。要するに、経済が成長をすれば消費が増えるから消費税が増える。所得も増えるから所得税も増える。法人税も増えます。そうなると、経済が成長すると税収が増えるので、増税をすれば経済が成長するという「仮説」が成立するのです。
先進国の場合、政府支出のなかで社会保障の割合が高いですから、経済が成長して税収が増えると、支出が増えます。
つまり、経済成長したから財政支出が伸びているのであって、財政支出したから経済成長したのではないのです。さらにいえば、政府支出を増やせば経済が必ず成長するのであれば、GDP対比で見たとき、なぜ日本の国の借金の比率が上がっているのでしょうか。全く理屈にはなりません。
中野氏ほどの優秀な経済学者が、なぜこんな単純なミスを犯しているのか。海外でこんな分析を出したら、一蹴されているでしょう。
誤解してほしくないのは、私はなにも財政出動そのものを否定しているわけではありません。私は「乗数効果が低く、目的が抽象的なもの」をバラマキと定義しており、それを控えるべきと主張しています。とはいえ、乗数効果1以上、つまり、出した金額以上の経済効果があれば増やすべきだと思っています。とくに生産性を向上させる研究開発、設備投資、人材投資などには積極的に出すべきです。
しかし、先述したように、どの分野に、いくら出せば、何倍になって戻ってくるか、という分析を日本はできていない。
財務次官の矢野康治氏が『文藝春秋』(2021年11月号)で、バラマキを批判する論文を掲載し、一部から猛批判を浴びました。
「バラマキさえすれば経済がよくなるなんてそんな単純な話ではない」という内容で、私が主張していることと同じです。
ただ、矢野氏とは何度もお会いしたことがありますが、彼は財政出動に関して相当慎重です。私は乗数効果が1あれば出してもいいと思いますが、矢野氏は乗数効果が1以上、なおかつ確実にリターンがある場合でなければ躊躇するでしょう。そこは私と違うところです。