財政出動主義者は、不況の原因は需要不足にあるといいます。
「デフレは、供給に比べ需要が足りないことが原因で起きているので、需要を増やすべきだ。需要が足りないのは緊縮財政に原因があり、財政を積極出動し、2%のインフレに持っていけば、経済は復活する」
そのためには、補助金を出し、消費税を減税して需要を創出せよ、というわけです。この主張を聞くと、いつも「はたして、話はそう簡単なのだろうか」と疑問に思います。
たとえば、最近、私のところに、お寺の鐘を製造している会社を買いませんか、と金融機関が営業に来ました。もちろん、小西美術の事業との相性が低いから断りましたが、その会社は赤字続きでかなり苦労しているようです。
「日本経済に元気がないから鐘が売れなくなってしまった。なんとしても存続したいから、国から補助金が出るように政府にかけあってもらえないだろうか。補助金が出れば、買ってくれるでしょう」
この人も財政出動主義者と同じように、政府がカネを出せば需要が戻ってくると信じているのですが、鐘が売れないのはもっと根本的な原因でしょう。
人口が爆発的に増えているときは新しい街がたくさんできて、お墓も必要になりますから、全国にお寺がたくさんつくられました。人口増加時代はそれに伴って鐘も売れた。
しかし、人口が減り、檀家も減っていくなかでお寺は増えず、もう新しい鐘は必要ありません。最近では、鐘をつくと近所から「うるさい」とクレームが来るという話もあり、ますます鐘の需要は下がっている。
そんななかで、いくら補助金を出したり、減税をしたりしても、鐘を買いたい人が増えるとは考えにくい。
もし、私がそう諭したら、こんな反論が飛んでくるかもしれません。
「鐘が売れないのは、竹中平蔵やアトキンソンが日本経済をめちゃくちゃにしたからだ! 我々は新自由主義の犠牲者だ! アトキンソンさんも中小企業をつぶそうとしている!」
「代々守り抜いてきた鐘をつくる技術はどうするんだ!」
こういう人たちは、「自分たちに需要がないのではない。経済政策が悪いのだ」と考えているのです。
呆れたトヨタ社長の発言
時代の変化によって需要がなくなっている例は枚挙に遑がありません。私が社長を務める小西美術工藝社もそうで、漆塗りの技術の需要は減る一方です。
一昔前は、公共の文化財修復のほかにも「襖の縁の漆を塗り直してほしい」「床の間や違棚、テーブルを塗ってほしい」「お椀や美術品の漆を塗り直したい」など、民間の需要もありました。
しかし、時代の変化とともに日本の住宅から襖は減り、お椀だって買い換えたほうが安くなってしまったし、そもそも漆のお椀がない家も増えています。
残念ながら、需要がなくなったのであれば、時代に合わせて変化するしかありません。エルメスが、高級馬具をつくる工房から、馬車文化の衰退とともに革製品のブランドに転換したように、時代のニーズに合わせる努力をしていく必要がある。
変わる努力はしたくない、国からカネをもらって現状維持したいなどというのは、虫が良すぎるのです。
トヨタ自動車の豊田章男社長は2019年10月の消費税増税に際し、「消費税増税が、国内需要を30万台押し下げる懸念がある」と言っていましたが、そもそも車に乗る若者が減っていることが根本の原因でしょう。日本のトップ企業であるトヨタの社長ですらこの程度の認識なのか、と呆れます。
財政出動主義者は、減税したり、カネさえバラまいたりすれば需要は戻ってくるといいますが、なぜ財政出動や減税で、潜在的な需要のない鐘や漆塗り、空き家、スキー場、古い地方の宿などの需要が高まると考えているのか、そのメカニズムをぜひ教えていただきたい。
財政出動主義者は、需要さえ増えればすべてよくなるかのような妄想を抱いていますが、経済で大事なのは需要と供給のバランスです。需要だけ多くても、供給だけ多くてもいけない。