自衛隊は便利屋でいいのか|岩田清文

自衛隊は便利屋でいいのか|岩田清文

新型コロナウイルスワクチンの大規模接種センターは新たな延長期間に入り、対象年齢もが引き下げられ16歳と17歳への接種が始まった。自衛隊が運営しているだけに、接種会場はシステマティックで、見事な運営がされているという。だが、その一方で「近頃、何でもかんでも自衛隊、これでいいのか?」という危惧の声も聞かれる。自衛隊元最高幹部の問題提起!(初出:月刊『Hanada』2021年9月号)


感染症対策の構造的問題

その一方で、自衛隊は便利屋、何でも屋ではない。だからこそ、切り分けが重要である。豚コレラや鳥インフルエンザ対応はその例だと認識しているが、この点はのちほど述べることとし、先に国としての感染症対策のあり方について考えてみたい。

もちろん筆者は感染症の専門家ではないが、危機管理の観点から何らかの方向性が見出せればと思う。

病院等での「個人」に対するものを医療行為と定義される一方で、保健所を軸に疾病の予防、衛生の向上など地域住民全体の健康の保持増進を図るのが公衆衛生だ、と筆者は認識している。

この役割からすれば、保健所が地域社会における感染症対策の主な担い手であると思う。しかし保健所は平成9年頃以降、減らされ続けており、過去には800カ所を越えていたものが、いまでは半数近くの470カ所になっている(厚生労働省健康局健康課地域保健室調べ「保健所数の推移」令和3年4月1日現在)。

昨年、新型コロナ感染者の追跡調査において、保健所がパンク状態になっていたとの報道や、PCR検査が進まない状態も、この減少と関係しているのであろう。

この保健所削減の背景となったのは、平成6年の地域保健法の制定が影響している。

この法案は、市町村の役割を母子保健や老人保健および福祉といった住民の生活に根差したサービスに重点を置き、都道府県はエイズ対策や難病対策など高度で専門的な保健サービスを提供することを狙いとした。

その背景として、戦後の結核等の感染症対策などには成功したものの、その後の医療供給体制の整備、あるいは医療保険制度の充実により、人々の保健所に対する期待が大きく変わったにもかかわらず、素早く地域のニーズを捉えて対応できるような仕組みになっていないという問題点が指摘されていた。

この審議から、保健所の機能を住民の生活サービスへと重点的に変更し、感染症対策への備えは都道府県に委ねられた。

しかし、その都道府県が今回のコロナ感染対策において十分機能したかと言えば、答えは明らかであるし、国全体として統制できる枠組みについての検討がなされた形跡は見当たらない。

日本人の死因は、1950年頃は結核が第1位を占めていたが、ここ数十年は悪性新生物、心疾患、肺炎、脳血管疾患などが上位を占めている。このような変化が医療そして保健の分野でも変化をもたらし、また2002年のSARS(重症急性呼吸器症候群)、2015年のMERS(中東呼吸器症候群)の危機も対岸の火事として直視せず、結果として日本の公衆衛生体制や日本人の意識から、感染症に対する危機意識がすっぽりと抜け落ちていた。

災害は忘れた頃にやってくるというが、新型コロナ感染症は、忘れていたどころか、多くの日本人には意識すらしない状態で盲点を突かれた格好だった。

中国、日本侵攻のリアル

危機管理体制整備の要点

危機管理の鉄則は、最悪の状況を念頭に置きながら、そのリスクをどこまでコントロールするかである。今回のコロナ災禍を貴重な教訓として、より厳しい状況も想定し、そのための国の危機管理体制を整備することが重要である。

その一つ目が法体系だ。特に感染率・致死率の高い感染症発生時においては、いかに強力に統制するかが重要であり、有事に準じた強制力も必要となるだろう。今回、特別措置法により対処したものの、国民の行動規制はお願いベースが基本にならざるを得なかった。

真に国民の命と平和な暮らしを守るためには、時として強い統制が必要であり、現行の法体系では強制力が弱い。この観点から私権の制限についても議論が必要であり、そのためには憲法の緊急事態条項も含めた検討は避けられない。

二つ目には、100年に一度到来するかどうかの感染症有事に備え、国として戦略的・長期的視野に立ち、欠落機能がないよう必要な組織や枠組みの基礎を構築しておき、いざという時にその基礎を拡大して対処できるよう、足腰の強い体制作りに取り組む必要がある。

特に、ワクチン製造にかかわる開発・生産・承認体制は重要である。世界有数の創薬国と言われる日本が未だにワクチンの自国製造に消極的なのは、平成八年の裁判で厚生省の担当課長が罪に問われた後遺症が大きいのかもしれない。しかし何よりも、危機意識の欠如によって、国として地道に研究・開発を継続する体制を整備してこなかった結果であろう。

関連する投稿


自衛隊の特定秘密不正の多くは政令不備、いますぐ改正を!|小笠原理恵

自衛隊の特定秘密不正の多くは政令不備、いますぐ改正を!|小笠原理恵

潜水手当の不正受給、特定秘密の不正、食堂での不正飲食など、自衛隊に関する「不正」のニュースが流れるたびに、日本の国防は大丈夫かと心配になる。もちろん、不正をすれば処分は当然だ。だが、今回の「特定秘密不正」はそういう問題ではないのである。


アメリカは強い日本を望んでいるのか? 弱い日本を望んでいるのか?|山岡鉄秀

アメリカは強い日本を望んでいるのか? 弱い日本を望んでいるのか?|山岡鉄秀

副大統領候補に正式に指名されたJ.D.ヴァンスは共和党大会でのスピーチで「同盟国のタダ乗りは許さない」と宣言した。かつてトランプが日本は日米安保条約にタダ乗りしていると声を荒げたことを彷彿とさせる。明らかにトランプもヴァンスも日米安保条約の本質を理解していない。日米安保条約の目的はジョン・フォスター・ダレスが述べたように、戦後占領下における米軍の駐留と特権を日本独立後も永続化させることにあった――。


大丈夫か、自衛隊! 航空自衛隊の高級幹部選抜試験で不正発覚!|小笠原理恵

大丈夫か、自衛隊! 航空自衛隊の高級幹部選抜試験で不正発覚!|小笠原理恵

「海自ヘリ墜落、2機が空中衝突」(4月20日)、「手榴弾爆発で20代の隊員1人死亡」(5月30日)などトラブル続きの自衛隊だが、最高幹部階級への登竜門である選抜試験でも不正が発覚した――。


自衛隊員靖国参拝で防衛省内に共産党の内通者|松崎いたる

自衛隊員靖国参拝で防衛省内に共産党の内通者|松崎いたる

自衛隊員の靖国参拝の情報を赤旗と毎日新聞にリークした者を突き止めようとする防衛省と、防衛省内にいる内通者を守ろうとする共産党――事の本質は安全保障に直結する深刻な問題だった。


【スクープ!】自衛隊と神戸市が交わした驚きの文書を発見! 自衛隊を縛る「昭和の亡霊」とは……|小笠原理恵

【スクープ!】自衛隊と神戸市が交わした驚きの文書を発見! 自衛隊を縛る「昭和の亡霊」とは……|小笠原理恵

阪神地区で唯一の海上自衛隊の拠点、阪神基地隊。神戸市や阪神沿岸部を守る拠点であり、ミサイル防衛の観点からもなくてはならない基地である。しかし、この阪神基地隊の存在意義を覆すような驚くべき文書が神戸市で見つかった――。


最新の投稿


The Untold Story Behind the Impeachment of South Korean President Yoon Suk-yeol| Kang Yong-suk

The Untold Story Behind the Impeachment of South Korean President Yoon Suk-yeol| Kang Yong-suk

A popular lawyer who is a classmate of Yoon Suk-yeol at the Judicial Research and Training Institute and boasts 1 million followers on YouTube, revealed the full details of the "presidential impeachment trial" in an exclusive interview.


韓国で「尹大統領支持」急増の理由 | 柳錫春・閔庚旭

韓国で「尹大統領支持」急増の理由 | 柳錫春・閔庚旭

弾劾無効と不正選挙の徹底検証を訴える声が韓国社会に大きなうねりを巻き起こしている。いま韓国で何が起きているのか? 韓国の外交・安保に生じた空白は今後、日韓関係にどのような影響を及ぼすのか? 韓国政治に精通する柳錫春元延世大学教授と、公明選挙大韓党の閔庚旭代表が緊急独占対談で語り合った。


【緊急寄稿】フジテレビ問題 誰も書かないもう一つの闇|平井宏治【2025年4月号】

【緊急寄稿】フジテレビ問題 誰も書かないもう一つの闇|平井宏治【2025年4月号】

月刊Hanada2025年4月号に掲載の『【緊急寄稿】フジテレビ問題 誰も書かないもう一つの闇|平井宏治【2025年4月号】』の内容をAIを使って要約・紹介。


韓国でも報じられない「尹錫悦大統領弾劾裁判」の真実 | 康容碩

韓国でも報じられない「尹錫悦大統領弾劾裁判」の真実 | 康容碩

尹錫悦氏と司法研修院の同期でYouTubeフォロワー100万人を誇る人気弁護士が独占インタビューで明かした「大統領弾劾裁判」の全貌。


財務省は日本の「影の政府」|長谷川幸洋【2025年2月号】

財務省は日本の「影の政府」|長谷川幸洋【2025年2月号】

月刊Hanada2025年2月号に掲載の『財務省は日本の「影の政府」|長谷川幸洋【2025年2月号】』の内容をAIを使って要約・紹介。