敷居がノーズロな日本
高山 在留資格をめぐっては、2009年に起きたフィリピン人のカルデロン一家の件が大きな話題になりました。
一家の両親は1990年代前半に、それぞれ他人名義のパスポートを使って日本に不法入国。そして日本で結婚し、95年に長女が生まれた。日本は不思議な国で、この長女も身元を確認もせずに普通に小学校に入学しているんですね。
2006年、警官による職務質問によって、母親が出入国管理法及び難民認定法違反で逮捕されて、一家3人に対して退去強制令書が発付された。
ところが、娘は日本育ちでタガログ語が話せないので帰国させるのはかわいそうだ、残してやるべきだ、だったら一家丸ごと残してあげようといった声が上がってきた。毎日新聞なんか社説で、「カルデロンさん親子 在留を許すべきケースだ」などと書いていた。結局、両親は送還され、長女は在留特別許可を得て1年間残った。
この時、不法入国、不法滞在なのだから法に則って対応すべきだ、と主張していたのは産経新聞だけ。今回だって、きちんと対応すべしとしていたのは産経だけだった。
どうも日本は、国境という敷居をノーズロ(無防備)にする傾向がある。カルデロン一家から12年経った現在どうなのか。たとえば6月13日付の朝日新聞は、「ベトナム大手5社の実習生、受け入れ停止へ 失踪多数で」と報じていた。日本の受け入れ企業から提出される各実習生の実習計画に記載された送り出し機関の名前と突き合わせて、失踪者が多発している送り出し機関を特定し、18年と19年の合計の失踪者数の割合が平均の約3倍を超えた5社が受け入れを停止することになった。
つまり、正規のルートで来て逃げ出し、日本のなかに潜り込んでいる連中が多数いるということだ。
そういう現実を見て、もっと敷居を高くしたり、出入国の管理をよりしっかりしたものにする議論がされるべきなのに、今回の毎日の記事のように、いかにも入管のやることは悪いことという報じ方をして邪魔をしている。
国連の関連組織に国際移住機関(IMO)がある。川口マーン惠美さんによると、移民に関する一番の権威だという。ここの移民の定義は「当人の①法的地位、②移動が自発的か非自発的か、③移動の理由、④滞在期間にかかわらず、本来の居住地を離れて国境を越えるか、一国内で移動している、または移動したあらゆる人」のこと。
問題は、移動の理由が問われないという点。すなわち国連では、人間には国境を越えて他国へ行く権利があるとされている。国境侵犯をしても、それを当然の権利として認めようとしている。
さすがにこれはおかしいと思う国が出てきて、2016年にIMOの下部組織GFMO(移住と開発に関するグローバル・フォーラム)が移民コンパクト(協定)採択の準備を始めた際に、オーストリアが「移住の権利という人権は、オーストリアの法的基盤においては未知である」と拒否。さらにアメリカ、オーストラリア、ハンガリー、ポーランド、チェコ、ブルガリア、イスラエルなども拒否した。ドイツだけが熱心に移民や難民を受け入れようとしていて、EUが分裂気味になっている。
日本は、なんとこの移民コンパクトを採択しているというんだ。日本に来るといったら、朝鮮人と中国人が主だろう。いま中国不安、朝鮮不安が起きているなかで、行きたい国は「憧れの日本」になる。日本としては来られても困るというか、入管が大変だ。だからこそ、入管法の改正は必要なものだった。
いま世界の人道主義みたいなものがバーッと日本にも押し寄せてくるような形で、LGBTとか、同性婚とか、夫婦別姓とかが話題になっている。だけど、年がら年中テレビ番組にオカマが出ているような日本で(笑)、いまさらLGBTだなんだというのは的外れじゃないかな。同性婚も、たとえば折口信夫みたいに養子縁組をすることで相続などの問題をクリアしてきた過去もあるのだから、無理に押し通す必要があるとは思えない。
和田 何もかもを新しい権利として、国民的コンセンサスもできていないのに認めろというのは困難です。
難民の件でいえば、不法入国者や、残留期限が切れてしまった人は、たとえ困っていると言われても法的にはアウトです。むろん最大限人権には配慮するにしても、その人の権利を全て認めて日本に定住させればいいというわけにはいきません。
LGBTにしても、夫婦別姓論にしても、何が困っていることなのかをしっかり整理しなければなりません。
LGBTに関していえば、日本社会は古からそういったものに非常に大らかだった。戦国武将と小姓の関係であったりだとか、大奥のなかであったり……そういった日本の大らかさを前提として話をすべきでしょう。
新聞記者の自己陶酔
――毎日新聞の件ですが、記者は調べればわかるものを、あえて隠したりするのはなぜですか。
和田 私はジャーナリスト出身ですが、そもそも記者としてこういう記事は書けません。書こうと思ってもペンが止まりますよ。嘘を書くわけですから。
高山 「入管法改正案を阻止するための格好の材料が見つかった」くらいに思っているんじゃないかな。これでだらしないままの日本の入国システムを維持できる、と。
和田 新聞によっては、野党の議員に記事の内容を提供して、それで質問をしてもらって、また記事にするという、まさにマッチポンプ。
繰り返しになりますが、ウィシュマさんが入管施設で亡くなったことは、それ自体、入管としてはあってはならないことで、真摯に反省をして再発防止等に努め、改善に繋げていかなくてはならないことです。
しかし、事実を歪めて報道されてしまうと、事実に基づいてやらねばならない再発防止が進められない。結果、入管施設にいる人や本当に難民申請を必要としている人のためにならない。そのことを自覚していただきたい。
――今回潰されてしまった入管法改正案は、今度どうなるのでしょう?
和田 このままの法案で出すのか、さらなる改善をするのかは、まだわかりません。しかし、この法案は日本のために、ひいては本当に困難な環境に置かれている難民や、難民に準ずる方にとっては必要なものですから、私個人としてはぜひとも提出して進めるべきだと考えています。提出の時期などは、また政府が判断されると思います。
高山 これは私的な意見だけど、私は内務省を復活させるべきだと思う。
内務省は総務省、警察庁、国土交通省、厚生労働省を合わせた巨大な省で、同時に、いま法務省が担っている入管業務にも携わっていた。
今回のウィシュマさんの件を見ると、アメリカだったら9.11テロを機に出入国管理を徹底させるために新設された国土安全保障省(DHS)がすぐに出頭命令を出して、応じなければ警察権を使って行方を追ったはずだ。いまの入管局にはその力はない。内務省の入管局として、強い権限を持たせないと対応できないのではないか。
内務省復活は、新型コロナ対策でも有効だったはず。いまはタテ割り行政で、それぞれ省が違うでしょ。
和田 入管は法務省、検疫は厚労省、ワクチンを運ぶのが国土交通省で、外交的事案は外務省と分かれていますからね。
高山 それでは対応しきれない。そういう意味でも、日本は国境という敷居が低いんだな。この際、内務省再興を本格的に考えてみてもいいはずだ。
(初出:月刊『Hanada』2021年8月号)