2020年9月30日にNHKが総務省の「公共放送の在り方に関する検討分科会」に提出した資料によると、総世帯数5523万のうち契約世帯は4151万なので、世帯支払率は82%。問題は、残る1327万世帯のうち「誰が受信契約の対象か把握できない」 「受信機を設置しているかどうか把握できない」ということだった。
多大なコストをかけて人海戦術で訪問活動をしなければならない現状を変えるための方法として、前田会長からは同日、「受信機の設置届出義務の設定」と「居住者情報の活用」が可能となるよう、『放送法』の改正を求める要請がなされた。
前田会長の二点の要請に応えるためには、クリアするべき法的論点がいくつか存在する。
一点目の「受信者からNHKに対する受信設備設置の通知義務」を設定する場合には、「契約義務」を規定している現行の『放送法』のままで「通知義務」まで課すことができるかどうかが論点になる。
二点目の「居住者情報の活用」を可能にするためには、情報を保有する主体に係る法律との整合を議論しなければならない。
仮にNHKが日本郵便から転居情報を取得しようとする場合には、転居情報は『郵便法』第8条2項の「郵便物に関して知り得た他人の秘密」に該当し、日本郵便はこれを守らなければならない。
平成28年の最高裁判決では、『弁護士法』に基づく弁護士会からの転居情報の照会に対して日本郵便が回答を拒絶したことが不法行為ではない、と判断された。法令に基づく照会への対応であっても、『郵便法』のハードルは高いと考えられる。
仮にNHKが自治体から住基情報を取得する場合には、『住民基本台帳法』との整合を議論しなければならない。
『住民基本台帳法』第12条の三第1項は「自己の権利を行使するために住民票の記載事項を確認する必要がある者」であれば、住民票の写し等の交付を受けることが可能である旨を規定している。たとえば、「債務者の情報を入手しようとする債権者」が該当するとされる。
『放送法』第64条は「協会(NHK)の放送を受信することのできる受信設備を設置した者は、協会とその放送の受信についての契約をしなければならない」とし、同条の二では「協会は、あらかじめ、総務大臣の認可を受けた基準によるのでなければ、前項本文の規定により契約を締結した者から徴収する受信料を免除してはならない」とも規定している。
よって、「債権者としてのNHK」が住基情報を取得する方法が現実的にも感じられるのだが、今回の前田会長の要請に対しては「受信機設置の確認前、つまり、債権発生前の段階で、1300万世帯を超える居住者情報を取得しようとするもの」だとして、『住民基本台帳法』との整合を疑問視する声もある。
諸外国では、どのようにして支払対象者を把握しているのだろう。フランスは「住居税支払者情報」を、ドイツは「住民登録情報」を、韓国は「電気料金支払者情報」を、イギリスは「郵便局の住所情報」を活用しており、受信器設置などの申告をしない者には、罰金や追徴金が課される。
最も明快なのは、『放送法』を改正して、テレビ受信機の有無にかかわりなく「公共放送維持負担金(仮称)の支払義務」を明記したうえで、公共料金や税金との共同徴収を可能にする制度を導入することだ。これは大きな議論を誘発するテーマなので、本稿最後に「抜本的改革案」として詳記する。
肥大した放送波の削減を
第三に、「放送波の肥大化」だ。
現在のNHKは、「地上テレビ」で二波(総合、教育)、「ラジオ」で三波(AM第1、AM第2、FM)、「衛星」で四波(BS1、BSプレミアム、BS4K、BS8K)の放送波を使用している。
私が大臣としてご一緒した3名のNHK会長に対しては、「本当にこれだけ多くの放送波が必要なのか。同じようなコンテンツが別々の放送波で重複している。整理できるものを検討してもらえないか」と申し上げ続けてきた。「ラジオ」に限っては、災害発生時を想定すると、中波放送のAMのほうが到達範囲は広いというメリットがある一方、到達範囲が狭い超短波放送のFMのほうが高音質で雑音なく聴き取れるので、両方を一波ずつ残す必要性も伝えた。
この提案に初めて真剣に応えて下さったのが、前田会長だった。
前田会長は、「衛星」については早期にBS1とBSプレミアムの二波を一波に減らしたうえで、残る4Kと8Kの在り方も検討し、「ラジオ」についても三波から二波に整理する予定だ、と言って下さった。
8Kも、貴重な受信料を投じて世界に誇れる技術開発を行ったものなので、2021年の東京五輪での活用とともに、医療をはじめとした多様な分野での社会実装を目指すべきだと考える。
この「放送波の削減」が実現できると、受信料引下げにもがる大きなコストカットの余地が生まれる。
NHKが建設中の「新放送センター」については、箱物の建設費として約1700億円、放送設備の整備に約1500億円の経費を要するとされていた。
この「新放送センター」は、平成28年8月30日にNHKが『放送センター建替基本計画』を公表し、すでに着工した「情報棟」(報道・情報スタジオ等)に続き、「制作事務棟」(映像・音声スタジオ、事務室等)、「公開棟」(公開スタジオ等)と順次、工事が進む予定だ。
その「建設積立資産」として、NHKは現在、1694億円を保有している。
しかし放送波が減るのなら、「情報棟」や「制作事務棟」に必要なスタジオなど部屋数の減少、建物内に入れる放送設備整備費の圧縮ができるはずだ。大規模災害対策やサイバーセキュリティ対策は万全にする必要があるが、設備のシンプル化は可能だ。
すでに前田会長は、自らの査定で「新放送センター」の放送設備整備費を1500億円から1000億円に圧縮したことを明らかにされた。
さらに、放送波の削減による制作費の圧縮、クラウド化や拠点集約による効率化を行えば、数百億円規模のコストカットが可能だろう。
多額の繰越剰余金
第四に、NHKの「財務体質」にも課題があると感じていた。
NHKは、令和元年度末で1280億円を超える「繰越剰余金」を計上している。
一般論としては、民間企業が利益剰余金などの「内部留保」を必要以上に貯め込むことは、「成長のための投資」や「株主に対する適切な還元」に反し、好ましくないとされる。
しかしNHKの場合、「費用」に基づいて「収入」を決める総括原価方式であり、番組制作や機材購入への投資は拡大しやすい傾向にある。 「株主」にあたる国民・視聴者への「還元」、言い換えれば「受信料水準の引下げ」について、真剣に検討していただきたいと要請してきた。
この点についても、一部週刊誌では前田会長が否定的な発言をしておられるように報じられていたが、事実は逆である。
去る9月30日の「公共放送の在り方に関する検討分科会」の席上、前田会長がこう踏み込んでいる。
「私は、剰余金が出た場合には、剰余金のなかから一定額を値下げのための勘定に利用し、一定額が貯まったところで視聴者に還元する、そういう受信料還元に関する勘定科目の新設が必要だと思っています」
そのうえで総務省に対して、繰越剰余金の受信料への還元のための『総務省令』改正による「勘定科目の新設」を要請された。